死亡遊戯 29
(これは、ちゃんと礼を言わないと駄目だよな)
多少、気恥ずかしくはあったのだが、助けて貰いながら礼も言わないのは、人としてどうかと思った朝霞は、即座にトリグラフの三人に、丁寧に頭を下げる。
「――助けてくれて、有り難う。お前等の助けが無かったら、今回……俺は確実に死んでいた筈だ」
突如、朝霞に頭を下げられて、礼を言われたトリグラフの三人は、驚き半分……喜び半分と言った感じの表情を浮かべて、顔を見合わせる。
「命の危険もあっただろうし、酷い怪我もさせる羽目になったみたいし、悪かったな」
「大仰だねぇ、あたし達だって黒猫には命を救われた事があるんだし、お互い様って奴さ」
いきなり改まって頭を下げられたオルガは、嬉しそうに……それでいて僅かに照れ臭さを感じさせる、気楽な感じの口調で言葉を返す。
「そうそう、受けた恩を返すのは、当たり前の事っスから!」
「危険な目に遭ってる恋人を助けるのなんて、当たり前なんだから、礼などいらないよ。頭を上げ給え」
トリグラフの三人は、三者三様の言い方で、面映さを誤魔化す為の言葉を、朝霞にかける。
「――それに、そもそもハノイでのブラックマーケットに関する情報を、アナテマが八部衆を誘き寄せる罠だとも知らずに、黒猫団に流したのは、あたし等だからね」
ばつが悪そうな表情で、オルガは続ける。
「あたし等のせいで、黒猫は夜叉と戦う羽目になって、殺されそうになっていた様なもんなんだから、助けない訳にはいかないだろ。悪かったね、罠だと気付かず情報流して」
「気にするなよ、罠だろうが何だろうが、大量の蒼玉があったのは事実なんだし、お陰で三千人以上の分の蒼玉を取り返せたんだ」
顔を上げた朝霞は、オルガに言葉を返す。
「あれが八部衆に渡ってたら、蒼玉界の人間が、大量に死ぬ羽目になっていたのかも知れない。そうならずに済んだのは、トリグラフからの情報のお陰でもあるんだし」
別にオルガ達を気遣っての言葉ではなく、朝霞の本音である。もしもトリグラフからの情報が無ければ、三千人以上の命がかかっている蒼玉が、八部衆に渡る羽目になっていたのだ。
しかも、盗み返した蒼玉の中に、妹の美里の蒼玉が含まれていたのを、家族であるが故の勘か何かで、朝霞は察する事が出来ていた。オルガ達から情報を得られなかった方が、拙かっただろうと、朝霞は思っているのだ。
無論、生き延びた今だからこそ、そう思えるだけなのかもしれないが。
「俺も結局は助かった訳だから、結果良ければ全て良しって奴さ」
自分が罠だと知らずに流した情報で、結果的に朝霞を死地に赴かせた事に対し、密かに罪悪感を抱いていたオルガは、安堵の表情を浮かべる。
「蒼玉と言えば、姫や巫女は……無事に天橋市まで蒼玉を持ち帰って、消滅させられたのかな?」
盗み出した蒼玉についての話題が出たので、命懸けで盗み出した蒼玉のその後が、朝霞は気になり始める。一応は聖盗としての活動中なので、朝霞は神流や幸手を、エロ黒子や乳眼鏡とは呼ばない。
「旦那と違って、二人がやられたという情報は出回って無いから、無事に天橋市には戻れたと思うけど、まだ蒼玉の消滅は出来てないんじゃないっスかね?」
タチアナの返答は、朝霞に二つの疑問を抱かせた。まず、一つ目の疑問を、朝霞はタチアナにぶつけてみる。
「俺と違ってって?」
「――そういえば、まだ話してなかったっスね」
話すのを忘れていたとでも言わんばかりの口調で、タチアナは話を続ける。
「実は、ハノイの地元紙が原因なんスけど、タンロン荒野での大規模魔術戦闘で、旦那が死んだらしいって、報道されちまったんスよ」
「俺が死んだらしいって、報道された?」
驚きの余り、声を上擦らせる朝霞の問いに、タチアナは頷く。
「あの戦闘は、かなり大きなニュースになって、世界中に配信されたんスけど、配信の元の情報が、旦那が死んだらしいと報道した、ハノイの地元紙の奴だったんで……」
「『黒猫、ハノイで死亡?』って感じで、世界中に報道されたのさ」
オルガがタチアナの言葉に、そう付け加える。
「那威州の盗みも、結構あちこちで報道されてた程度には、旦那は有名だし……死んだとなれば、そりゃ報道もされるってもんスよ」
「俺……死んでないんだけど! 誤報だろ! 訂正しないと……」
生きているのに死んでいると思われるのは、朝霞としては気分が悪いし、仲間や友人知人に、ショックや不安を与えてしまっているかもしれない。何らかの形で新聞社相手に生存をアピールし、訂正報道をさせよう……と、朝霞は一度考えたのだが、すぐにその考えを改める。
タイソンと戦闘中に交わした会話を、思い出したが故に。
「いや、止めておこう。暫くは死んだと思われていた方が、良いかもしれないし」




