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天橋暮らし 11

 橋の構造上、辺りより高くなっている為、朝霞達がいる場所からは遠くが見渡せる。

 今の時間帯なら、夕陽に染まる海も、その反対側にある天橋市の街並も。


 見晴らしが良い為、朝霞達は公園でアイスを食べる時は、この人工池にかかる橋の上を、食べる場所として選ぶ場合が多い。

 噴水が発生させる水音や、適度な湿度が心地良いというのも、選ぶ理由である。


 朝霞の右隣は幸手が、左隣は神流が、それぞれ場所を取る。

 やや遅れたせいで、朝霞の両隣の位置を取り損なったティナヤは、朝霞の左斜め前に立っている。


 夕陽のせいで、普段より赤味が増している、やや表面が溶け始めているオレンジのアイス(シャーベットタイプではない)を、朝霞は舐め取る。

 柑橘系の果汁の甘味が口の中に広がり、鼻腔に爽やかな香りが流れ込む。


(――ん、甘さと冷たさが、身体に染み渡ってく感じ……)


 好みのアイスを味わい、朝霞は癒された気分になる。

 聖盗としての荒事も、金を稼ぐ為の仕事も無かった、休日同然の一日だった筈なのだが、目覚めから何かと騒がしく、妙に疲れてしまった心と身体が、冷たいアイスを舐める度に、癒される様な気がしたのだ。


「やっぱ赤城氷菓のオレンジ美味いわ、ロックオレンジ使ってるからなぁ」


 そんな朝霞の呟きを耳にした、右側でチョコレートアイスを食べていた幸手は、しれっとした口調で言い放つ。


「――んじゃ、味見」


 幸手は返事も聞かずに、やや前屈みの姿勢で覗き込む様に、朝霞のアイスに顔を寄せると、オレンジ色のアイスを舐める。

 しかも、朝霞が舐めたばかりの箇所を、朝霞の唾液ごと舐め取るかの様に。


「ちょ……」


 驚きと抗議の声を上げようと、口を開いた朝霞を黙らせようとするかの様に、幸手は口元についたオレンジ色の粘液を舌で舐め取りつつ、手にしていたチョコレートアイスを、朝霞の口元に突き出す……自分の食べかけのアイスを、朝霞に味見しろとばかりに。


 口元に突き出されたチョコレートアイスを見詰めながら、朝霞は戸惑う。

 表面が溶けたチョコレートアイスは、当然の様に幸手の唾液に塗れている筈で、それに直に口を付けて良いものかどうか、迷っているのだ。


(いや、まぁ……何時もの事とはいえ、恥ずかしいんだけど、味見。人目がある公園なんだし……)


 三人の同居人達とアイスを食べる際、三人が朝霞のを味見したがったり、逆に三人が自分達のを朝霞に味見させたがったりするのは、毎度の様に行われる儀式の様なもの。

 そして、事実上の間接キスになるのを気にして、朝霞が味見を避けようとすると、大抵三人は機嫌を損ねる。


 特に、オルガなど……他の女性と、何らかの接触があった後に、アイスで機嫌を取ろうとした時などは、露骨だ。


「まさか、間接キスとか気にしてる? 蛇女とはキス出来るのに、仲間の私とは間接キスも出来ないと?」


 そんな風な感じで話を蒸し返されて、機嫌を取るどころでは無くなってしまった経験を、朝霞は過去に何度か経験済み。

 その記憶が甦ったので、朝霞は迷うのを止める。


(――仕方が無いか、舐めないとまた……機嫌損ねられるからな)


 表面が溶けて濡れた感じのチョコレートアイスに舌を這わせ、朝霞は舐め取る。

 甘いチョコレートの香りが口から鼻に抜け、柔らかな甘味が舌を楽しませる。


 自分が舐めたチョコレートアイスを、朝霞が舐める様子を見て、幸手は満足気に表情を緩める。

 味見させたいというより、朝霞に自分との間接キスをさせたいというのが、幸手の望みなのだから、それが満たされたが故の表情である。


(美里が好きだったなぁ、この手の奴)


 口にしたアイスの味から、チョコレート系のアイスを好んだ妹の顔を、朝霞は思い出す。

 そして、美里に続いて、元の世界に残して来た家族の顔を思い出す。


(どうしてるのかな、みんな?)


 懐かしい気分に少しの間、浸った後に朝霞は気付く。

 元の世界の人間で、朝霞が思い出せるのは、家族の顔だけだという事に。


 友達の顔や名前は、忘れてしまったので、思い出しようが無いのだ。

 家族しか思い出せない自分に気付いて、朝霞は微妙な寂しさを覚える。


 ただ、懐かしさにも寂しさにも、朝霞は浸り続けられはしなかった。

 何故なら、再び自分のオレンジアイスを舐め始めた朝霞の視界に、左隣にいた神流の顔が、フレームインして来たからである。


 神流は当然の権利とばかりに、オレンジアイスに顔を寄せ、キスする様に唇で触れてから、朝霞が舐めたばかりの部分を、唾液に滑る舌で舐め取る。

 そのまま何度か舐め回した後、顔をオレンジアイスから放し、唇の周りに付いたオレンジ色の粘液を、長めの舌で舐め取る。


 そして、先程まで自分が舐めていた、苺の果肉混じりのストロベリーアイスを、朝霞の口元に差し出す。

「舐めろ」と言わんばかりの表情で、朝霞を見下ろしながら。


(――前は、こういう事……してくるキャラじゃなかったんだけどねぇ)


 神流を見上げつつ、朝霞は心の中で嘆息する。

 出会った頃の神流は、生真面目を通り越して、潔癖症といえるタイプで、間接キスといえど、キスを匂わせる行為を自分から誘う様な真似などは、しようともしなかった。


 幸手やティナヤも、神流程ではないにしろ、基本的には真面目なタイプであり、自分から……ましてや人前で、男相手に何か出来る様なキャラでは無かった。

 そんな三人が、オルガなどの、朝霞にちょっかいを出して来る他所の女相手や、三人で互いに張り合い続けた結果、朝霞に対する間接キスを思わせる程度の行為は、人前であろうと、する様になってしまったのだ。


 もっとも、間接ではないキスを誘ったりするのは、三人の同居人達の場合、人目につかない場所でに限られるのだが(ちなみに、同居人の目は人目に含まないので、他の同居人の目があっても、誘ったりはする)。

 人前だろうが平気で迫る、オルガとは違って。


 付き合ってもいないのに、そういう行為はすべきでは無いと、朝霞自身は思っている。

 だが、オルガにキスされた際、同居人達が朝霞を評した通り、聖盗としての活動時と違い、普段の朝霞は女に対して、「油断と隙が有り過ぎ」なのだ。


 その油断や隙を朝霞が突かれる相手は、オルガだけでは無い。

 同居人の三人も、相手に含まれているのである。


(ま、人は変わって行くものか。俺も結構……変わったんだろうし)


 朝霞は神流の顔を見上げつつ、アイスに唇を寄せ、舐める。

 神流の唾液に塗れているだろう、ストロベリーアイスに、舌を這わせる。


(前は俺……エロ黒子や乳眼鏡の事、何となく嫌いだったけど、今は……そうじゃないからな)


 嫌っている相手の舐めたアイスなど、舐められる訳が無い。

 幾ら機嫌を取る為とはいえ、そういう真似をしても構わない程度に、同居人達を気に入っている程度の自覚は、朝霞にもある……無論、恋愛対象として見ないように、心がけてはいるのだが。


 自分が舐めたストロベリーアイスを、朝霞が舐めるのを目にした神流は、含羞んだ風な笑みを浮かべつ、ストロベリーアイスを口元に戻す。

 そして、朝霞が舐めた辺りを、美味しそうに舐める。


 そんな神流を見ていると、自分も恥ずかしくなるので、朝霞は目線を正面に戻し、自分のオレンジアイスを口元に戻し、舐め始める。

 神流が舐ったばかりのオレンジアイスを、朝霞も舐める。


 すると、そのタイミングを見計らったかの様に、左斜め前にいたティナヤが、視界を遮る様に朝霞の正面に移動する。

 今度は自分の番とでも、言わんばかりに。

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