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死亡遊戯 27

 頭部は半壊し、操縦席に座るタチアナの姿が、露になっていた。フルフェイス型の真紅の仮面は、その一部が破損し、通常なら露出しない筈の、三つ編みが解けた赤く長い髪が風に舞っている。

 プロテクターやアイガードなど、一部が黒だが、赤がメインで構成されるタチアナの仮面者としての姿は、血が目立ち難い。だが、仮面やプロテクターの破損具合からして、タチアナが相当なダメージを負っているのは、タマラには一目で分かった。

 続いて、鉄鋼巨人の右手が、優しく守る様に握っているオルガと朝霞に、タマラは目をやる。血を滴らせているのは、この二人の方だ。

 意識を失っている二人は、既に変身を解いて、着衣もボロボロになっている為、血塗れの姿がタマラには視認出来る。左の二の腕から垂れ下がる、破損した装甲板につかまっていたタマラは、まず左腕に上った後、左腕から右腕に跳び移ると、右手の方まで移動し、二人の状態を確認。

 血塗れの全身には、数え切れない程の傷。熱線ではなかったので、火傷はないのだが、酷い火傷の様に見える、肌が抉られた部分が、二人には何箇所もある。

 血のせいで見え辛いが、内部出血を起しているのだろう、黒ずんでいる箇所も多い。朝霞の左腕に至っては、明らかに変な方向に曲がっているので、骨折しているのが一目で分かる。

 二人の容態は明らかに、一刻を争う状態といえる。特に酷いのは朝霞であり、肌から血の気が失せつつあった。

「これは、本当に洒落にならないな。とりあえず、これ以上悪くならない様に……」

 タマラは胸の前で腕を交差させ、右手で左肩を、左手で右肩を、それぞれ押える。すると、両肩のプロテクターから黒い布が、プリンターがプリントアウトするかの様に出て来て、タマラの背中を覆うマントとなる。

 両肩から両手を外したタマラは、黒地に赤い三日月のマークが記されたマントに左手を伸ばし、その下の部分を握ると、強く引っ張る。あっさりと肩のプロテクターから外れたマントを、オルガと朝霞の上に被せつつ、タマラは右手の指先で、額の三日月の前立てに触れる。

 額の三日月が真紅の眩い光を放ち、その光が右手の指先に移る。タマラは赤い光を帯びた指先を、被せたマントに伸ばし、赤い三日月のマークに触れつつ、マントに命じる。

月之繭ミーセツ・ココナ、姐御と黒猫君の時を止めろ!」

 マントは溶けたかの様に形状を変化させ、朝霞と朝霞を抱き締めたままのオルガの身体を、鉄鋼巨人の右手ごと包み込む、黒い球体となる。赤い三日月のマークだけが、赤い光を放っている。

 月之繭という能力を、タマラは発動させたのだ。普段は肩のプロテクターに隠してあるマントを使い、能力名と同じ月之繭という特殊空間を作り出す、タマラの仮面者の能力である。

 酷い身体的ダメージを負った人間は、この月之繭の中に入ると、ダメージの進行が遅くなる。故に、仲間が戦闘中に酷いダメージを負ったが、治療している余裕が無い場合などに、とりあえず症状や容態の悪化を遅らせる為に、月之繭を使うのである。

 月之繭は交魔法状態では、時が止まったかの如く、ダメージの進行を遅らせられる程にパワーアップする。要するに、オルガと朝霞の容態が、これ以上悪化するのを防ぐ為に、タマラは月之繭を使った訳だ。

 ダメージ悪化を止められるとはいえ、月之繭の持続時間は、現時点では半時程度。持続時間が切れる前に、安全な場所まで移動して、本格的な治療を行わなければならない。

「ターニャ、後どれくらいもつ?」

 月之繭で、オルガと朝霞の容体悪化を止めたタマラは、タチアナに問いかける。

「一……いや、二キロくらいなら、何とか……」

 鋼鉄幕で減衰されていたとはいえ、千臂殲撃シンビージンチーの直撃を受け、大爆発に巻き込まれ、タチアナは鉄鋼巨人と共に、相当なダメージを負っていた。その上で、必死で超魔術的迷彩と乗矯術を維持し、オルガと朝霞を運びつつ、タチアナは爆心地から離れた。

 そして、一度は数十メートルの高さまで上昇してから、タマラを降ろした辺りの地上の様子を確認してタマラを発見、タチアナはタマラの元に向かって降下したのである(タマラは爆心地から、かなり離れていたので、降ろした場所を知っていたタチアナと違い、八部衆はタマラに気付けなかった)。タマラの背後から現れたのは、下半身を失った鉄鋼巨人の操縦が難しかった為、高度を下げる際、タマラの背後の方に降りてしまったせいだ。

 まともに飛ぶのすら困難な状況なので、鉄鋼巨人は長くはもたない。後どの程度の距離を、鉄鋼巨人は姿を消したまま、皆を運んで飛び続けられるかという意味でのタマラの問いに、タチアナは二キロは飛べると答えたのである。

「なるべく八部衆から離れてから、治療に入りたいんだ! 飛べるだけ飛んで、八部衆から離れてくれ! ハノイでもタンロン鉱山跡でもない方向が良い!」

 危険な感じはしないのだが、煙に覆われたハノイの状況は不明過ぎる。タンロン鉱山跡の方は、こちらの爆発とは違い、まだ爆煙が残っているので、酷いダメージを受けているオルガや黒猫の治療を行うには、場所として相応しく無いと、タマラは考えた。

「――了解っス!」

 タマラを乗せて以降、空中停止していた鉄鋼巨人は、最後の力を振り絞る様に、残された上半身を軋ませながら方向転換。八部衆に背を向けると、ハノイもタンロン鉱山跡も存在しない方向に向い、飛行を再開する。

 徒歩よりは速く、走るよりは遅い程度のスピードで、鉄鋼巨人は低空飛行を続け、八部衆と爆心地から遠ざかって行く。その姿は超魔術的迷彩の効果により、八部衆は当然、ハノイから密かに爆心地辺りを観察していた飛鴻や妖風などの、トリグラフではない者達からは見えなかった。

 故にトリグラフと朝霞は、誰にも気付かれる事無く、逃げ遂せられたのだ……。




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