死亡遊戯 24
(姿を消したまま、黒猫を鉄鋼巨人で助ければ、黒猫は超魔術的迷彩で姿を消せる。そうすれば、夜叉は黒猫を倒したと思い込んで、攻撃を止めるだろうし……あたし達は存在を気付かれずに済む!)
その策こそがベストだと、オルガは判断。だが、その策にも当然の様に、命を失う危険性があるので、確実に巻き込むタチアナに、オルガは問いかける。
「ターニャ、お前が決めろ! 下手すりゃ心中になるが、黒猫を助けに行くかい?」
「心中上等! オイラが命の恩人見捨てる様な女だとでも、思ってたんスか?」
迷わずに即答するタチアナに続き、問われてもいないタマラまでが返事をする。
「愚問だね! 惚れた男を助ける為に、命を張るのなんて、当たり前の事じゃないか!」
「いや、トーマは退避してろ!」
「え? 何で僕だけ?」
タマラは不満げに、オルガに訊ねる。
「お前まで一緒に来てやられたら、あたし達や黒猫が負傷した場合、治療出来る奴がいなくなるだろ! お前は、さっさと降りろ!」
「――了解!」
自分だけが退避させられる理由を知り、納得したタマラは、即座に鉄鋼巨人から離れる。超魔術的迷彩の影響下から離れて、誰の目にも映る状態となったタマラは、即座に急降下を開始し、地上へと降りて行く。
タマラを降ろした鉄鋼巨人は、そのまま朝霞がいる方向に向い、高速飛行を開始。風を切る音を響かせつつ高度を落とし、朝霞に向かって突進する。
本来の朝霞の飛行速度なら、鉄鋼巨人では追いつけなどしない。だが、ダメージのせいで高速飛行が出来なくなっている今の朝霞になら、鉄鋼巨人は追いつく事が出来る。
朝霞への接近はタチアナに任せ、オルガは黄天城の方に目線を送り、状況を確認。初撃より数多い夜叉像が、腕を組み合わせ、光らせ始めているのを視認。
「急ぎな! 二撃目が来るよ!」
首に巻いてある赤いマフラーを解きながら、オルガは声を上げる。
「あと少しっス!」
既に鉄鋼巨人は、スピードが上がらぬまま飛び続ける朝霞まで、百メートル程の間合いまで近付いていた。後方上空の黄天城を見上げながら、飛んで逃げている朝霞の左舷より、鉄鋼巨人は高速で接近しているのだ。
だが、鉄鋼巨人が朝霞の元に辿り着く前に、左上空から眩いばかりの黄色い光が、放たれ始めた。黄天城がジェット噴射音に似た轟音を響かせながら、千臂殲撃を発射したのである、しかも初撃以上の規模で。
景色を黄色に染め上げながら、槍よりも遙かに鋭い無数の光線が、朝霞に向かって降り注ぐ。まるで、台風の時に降り付ける、横殴りの雨の様に。
乱れた風に煽られる木の葉の如く、朝霞は宙を舞って光線をかわそうとする。だが、上手くは飛べない今の朝霞に、初撃以上に数が多い光線の雨をかわせる訳などなく、黄色い光の奔流に飲み込まれてしまう。
「旦那!」
タチアナは悲痛な声を上げつつ、鉄鋼巨人を光の奔流に向けて突撃させる。
「鋼鉄幕! 鉄鋼巨人を守れッ!」
オルガは防御対象を叫びながら、解いた上で左手でつかんでいた赤いマフラー状の布を、鋼鉄巨人に叩きつける。すると、その赤い布は一瞬で巨大化し、鉄鋼巨人ごと包み込める程の赤い巨大な布となり、鉄鋼巨人を包み込む。
鉄鋼巨人は赤い巨大なマントで、身体を包み込んだかの様な姿となる。鋼鉄幕はオルガの仮面者としての防御系の能力だが、鉄鋼巨人に装備する形で発動した為、超魔術的迷彩の効果を受け、タチアナとオルガにしか見る事は出来ない。
鋼鉄幕は通常の仮面者の時でも、強力な防御能力を発揮する上、絶対防御能力まで持ち合わせている。この能力を持つが故に、オルガは滅多にダメージを負わずに、聖盗としての活動を続けてこれたのだ。
しかも、オルガは交魔法を発動中なので、鋼鉄幕の防御能力は、桁違いのレベルまで引き上げられている。本音を言えば、八部衆の攻撃であっても、交魔法状態での鋼鉄幕なら、防ぎ切れるだろうと、オルガは少し前までは多寡をくくっていた。
だが、黄天城の攻撃の威力と、その光線の数を目にした今のオルガの中に、そんな考えは微塵も存在しない。明らかに自分が目にした事すら無いレベルの、強力かつ数の多い攻撃を目にしたオルガは、交魔法状態での鋼鉄幕ですら、千臂殲撃を防ぎ切れはしないのを、察していたのだ。
鋼鉄幕には絶対防御能力があるので、鋼鉄幕が破られても、一度だけなら光線の直撃によるダメージを打ち消せる筈だと、オルガは考えてはいる。だが、広範囲に照射された光線が引き起こすだろう大爆発に巻き込まれたら、そちらのダメージは打ち消せない可能性があるので、オルガは光線同様に大爆発のダメージの方も警戒していたのである。
鉄鋼巨人は鋼鉄幕を纏ったまま、嵐の様に斜めに降り注ぐ、光の雨の中に突入する。無数の黄色い光線が鋼鉄幕に刺さり、その強力な防御能力を一気に削り取り始める。
「これは……数秒しか持たないッ!」
鋼鉄幕を発動した本人であるオルガには、鋼鉄幕の消耗度合いが感じ取れる。光線の音なのだろう、耳を劈く高音に掻き消されぬ様に、オルガは大声でタチアナに警告を発する。
元々、タチアナは朝霞が姿を消した辺りに、鉄鋼巨人を突入させたので、眩過ぎる光の雨の中でも、タチアナとオルガは朝霞の姿を、すぐに見つけ出す事が出来た。五十メートル程離れた正面方向で、黒と青のプロテクターの破片と、赤い血を撒き散らしながら、墜落中であった朝霞の姿を。
明らかに、撃墜された状態の朝霞を目にして、オルガとタチアナは悲痛な声を上げる。
「朝霞!」
「旦那!」
焦りのせいか、珍しく本当の名前で呼びかけながら、オルガは足場を蹴りつつ乗矯術を使い、落下していく朝霞に向かって突進。光線の雨が撒き散らす、光の飛沫を身体に浴び、プロテクターを損傷しながらも、朝霞の元に辿り着いて、落下中の身体を抱き止める。
やや遅れて、鉄鋼巨人の右手が伸びて来て、二人の身体を掴む。タチアナも朝霞を助けるべく、前進しながら右手を伸ばしていたのだ(ちなみに左手は、紅玉を握っている)。




