死亡遊戯 22
「つまり、魔術的迷彩で姿を消した鉄鋼巨人で、紅玉の星牢を盗んで逃げた訳か」
朝霞の言葉に、三人は頷く。
「それで、盗み出す前に黒猫達が逃げた方を、夜叉らしいのが追いかけて行ったのが気になったんでな、後を追いかけたんだ」
オルガの話を、タチアナが補足すべく口を開く。
「交魔法用の乗矯術のせいで、鉄鋼巨人も空を飛べる様になったんで、紅玉の星牢を運びながら、姐御とトーマを乗せて、旦那達の後を飛んで追ったんス」
乗矯術を習得したトリグラフの三人とはいえ、重く大きい星牢を運びながら飛ぶのは困難。故に、鉄鋼巨人で運びながら飛ぶ事にしたのだ、オルガとタマラも鉄鋼巨人に乗れば、三人全員が姿を消したまま、黒猫団と夜叉の追跡も可能になるのだし。
「――で、あたし達が黒猫に追いついたのは、ちょうど……夜叉が金剛杵を出現させた直後辺りでね」
「ヴァジュラって……何だ?」
知らない言葉だったので、朝霞はオルガに問いかける。
「八部衆の決戦魔術、要するに最強の魔術さ。絶対防御が通じない、厄介な攻撃魔術だよ」
「あの巨大な黄色い雲丹みたいなのが、夜叉の金剛杵……黄天城とかいうらしいっス」
朝霞程では無いが、黄天城に相当なダメージを負わされたオルガとタチアナは、黄天城を思い出し、渋い表情を浮かべる。かなりの自信を持っていた、絶対防御能力を持つ防御能力を、黄天城の攻撃に破られたオルガの表情は、タチアナ以上に険しい。
「まぁ、僕等も金剛杵について知ったのは、城舗栄に来てからなんだけどね」
タマラの言う通り、タンロン荒野で朝霞とタイソンの戦いに、密かに干渉していた時、まだトリグラフの三人は、金剛杵については知らなかった。黒猫団と同様に、交魔法のマニュアルを渡され、香巴拉についての情報を開示されてはいたのだが、まだ交魔法の初心者と言える段階。
香巴拉や交魔法に関する情報は殆どの場合、聖盗をバックアップする組織に所属する、かって交魔法を使っていた、ナイルの様な元聖盗により、現役の聖盗に開示される。元聖盗達は、交魔法のリスクと八部衆の恐ろしさを知り尽くしている為、現役の聖盗達に、一度に情報の全て開示しない場合が多い。
まずは大枠の情報と交魔法の習得に必要な情報を開示し、交魔法を実戦で使用出来るレベルまで、聖盗が使いこなせる様にする。その段階で、金剛杵などの八部衆との実戦に必要な知識を、聖盗に開示するのである。
何かを習得する場合、まずはしっかりと基本を学んでから、応用段階を学ぶのが常道。交魔法や八部衆との戦闘に関しても、まずは基本である交魔法の習得を行い、八部衆との実戦を念頭に置いた知識を得るのは、その後なのだ。
いわゆる「生兵法は怪我の元」を避ける為、昔から続いている不文律の慣例と言える。この慣例が定着するまで、下手に八部衆相手の戦い方を知っていると、得た知識と力を試したいとばかりに、戦わずに済む場面で戦い、命を落す聖盗が多かったのである。
そして、タンロン荒野における戦闘で、交魔法を使って膨大な数の紅玉を盗み出し、尚且つ黒猫を救助して逃げたトリグラフの情報は、即座にミーリーへと伝わった。ハノイからの逃走を手助けした、紅玉界の聖盗をバックアップする組織が、組織の重鎮であるミーリーに、情報を伝えたのだ。
トリグラフの三人を、応用段階の情報開示に相応しいと判断したミーリーは、タンロン荒野での戦闘の詳細をトリグラフに訊ねる目的もあり、仕事をキャンセルして十七日の夜に、避難所である屋敷を訪問。既に八割程の治療を終えていたオルガとタチアナ、そして殆どダメージが無かったタマラを相手に、タンロン荒野における情報を収集した後、金剛杵についてなど、八部衆関連の全ての情報を開示したのである。
ちなみに、夜叉と一対一で戦い、金剛杵を使う段階まで追い込んだ朝霞や、トリグラフに交魔法の使用を目撃されていた神流や幸手も、全情報の開示対象に相応しいとミーリーは判断した。故に、自分が知らせた情報に関しては、朝霞に伝えても構わない旨を、ミーリーは言い残してから立ち去っている。
「――夜叉の金剛杵、黄天城から生えてる刺みたいなの……夜叉像というんだが、その夜叉像が一斉に動き出して……」
朝霞にも、オルガが語る光景には見覚えがあった。黄天城の方を振り向きながら、飛んで逃げていた時に、目にした光景だったのだ。
「光線魔術の雨を降らせたんだよ、黒猫に向けて。何でも、千臂殲撃という、黄天城発動状態で使う攻撃魔術らしい」
オルガ達……トリグラフの三人は、自分達がどうやって朝霞を助けたのかを、語り続ける。冒険話でも語って聞かせるかの様に興奮気味に、自分達が助けた功績のアピールも忘れはせずに。




