死亡遊戯 18
「やっと起きたのかい! 随分と待たせるじゃないか!」
朝霞やタチアナ同様、浴槽の中で眠っていた女は、朝霞達の声を聞いて目を覚ました。そして、ようやく朝霞が意識を回復したのに気付き、朝霞を自分の元に強引に引き寄せると、女は嬉しそうに声を上げたのだ。
「――にしても、目覚めて早々あたしじゃなくて、ターニャに伸し掛かるとは、どういう了見だい?」
女は朝霞を抱き締めたまま、婀娜っぽい口調で問いかける。
「姐御よりもオイラの方が、旦那の好みだからじゃないっスか?」
朝霞ではなくタチアナが、身体を女の方に向けつつ問いに答える。そのまま、タチアナは身体を滑らせて浴槽の中を移動し、朝霞と女に身を寄せると、朝霞の身体に腕を伸ばして抱き付く。
すると、女の身体は朝霞ごと右側に引っ張られ、タチアナの方を向いて、横向きに寝る形になる。結果、タチアナは後ろから、褐色の女は前から抱き付き、二人で朝霞を挟む状態となった。
裸の異性に前後から密着される状態になり、朝霞はうろたえながら、言い訳の言葉を口にし始める。
「いや、単に身体起こそうと思って、コケた側に蛇女じゃなくて、ジャラジャラがいただけの話で、そもそも伸し掛かろうとした……痛ッ!」
朝霞が「伸し掛かろうとした訳では無い」と言おうとした言葉が、途中で苦痛の呻き声に変わる。蛇女と呼ばれた女が、不愉快そうに眉を吊り上げ、朝霞の身体を抱き締める腕に、力を込めたのだ。
「オーリャと呼べって言ってるだろ! 蛇女じゃなくて!」
「力入れちゃ駄目っスよ!」
タチアナが朝霞の呻き声を聞いて、慌てて褐色の女を窘める。
「旦那は病み上がりで、まだ完治してないとこもあるスから!」
「あ、そうだった! 悪い!」
オーリャと呼ばれた褐色の女……オルガ・アヴェリンは、即座に腕から力を抜く。そして、謝罪の言葉を口にしつつ、朝霞の身体を案ずる様に、あちこちを両手で擦る。
ちなみに、オルガの身体も治療中で本調子ではない為、力を入れたといっても、朝霞の身体の負担になる程では無かった。
「大丈夫っスか? ほんと姐御は、ガサツなんだから……」
そう言いながら、タチアナも身体の状態を確かめている風に、朝霞の身体の各所に触れる。
「――だ、大丈夫だから!」
朝霞は恥ずかしげに、声を上擦らせる。オルガとタチアナは最初こそ、身体の状態を確かめる感じで触れていたのだが、次第に触れ方や触れる場所が、妖しげな感じになって来たので、朝霞は恥ずかしさの余り、声を上げてしまったのだ。
「お前等、何処触ってんだよ! 変なとこ触るなって!」
「意識が無い間、触り放題だったんだし、何を今更……恥ずかしがってんのよ?」
しれっとした顔で、オルガは朝霞の抗議を受け流す。
「さ、触り放題って……」
「安心して下さい、旦那! 最後の一線は超えてないっスから!」
動揺する朝霞に、タチアナがフォローの言葉をかける。もっとも、余りフォローにはならない言葉だが。
「本物の男の物は……初めてなんで、どんな物なのか後学の為に、みんなで色々と試してみただけの話っスよ!」
「だから、色々って何を?」
「それは……言うと旦那、たぶん怒るから……内緒」
タチアナは頬を染めながら、問いへの答えは返さないで誤魔化す。
(何だ? 俺は一体、何をされたんだ?)
最後の一線は超えていないらしい事には安堵しつつも、自分が何をどうされたのか分からず、朝霞は猛烈な不安感に襲われる。
「まだ治療の途中なのに、何を楽しそうな事をやっているんだよ、君等は?」
三人の様子を眺めていた、赤い三日月の聖盗が、浴槽の中で絡み合う三人に、呆れた感じの口調で問いかける。
「僕だけ仮面者姿で仲間外れって、馬鹿みたいじゃないか! 治療は一端中断、変身解除するよ!」
赤い三日月の聖盗が、前立てをバイザーごと上にずらすと、赤い六芒星が仮面の額に姿を現す。ただの六芒星ではなく、一つの角の中には五芒星が存在する。
人差し指で五芒星を抑えつつ、赤い三日月の聖盗は、指先を細かく動かして、五芒星を描く。すると、五芒星から灰色の煙が大量に噴出し、聖盗の姿だけでなく、浴槽にいる三人までもが、煙に包まれてしまう。
「美少年も、交魔法を?」
炎の前に灰色の煙が発生したのを目にして、朝霞は赤い三日月の仮面者が、交魔法を解除した事に気付く。
「交魔法に手を出してるのは、自分達だけだと思ってたのかい?」
オルガが自慢げに、朝霞に問いかける。
「まぁ、オイラ達も交魔法は、使える様になったばっかっスけどね」
タチアナが言い終えた直後、煙の中で仮面者の魔術式を解除し終えた、赤い三日月の聖盗の姿が、赤い炎に包まれる。炎が発生した勢いに流され、交魔法解除の際に発生した煙は、四人の周囲から消え去る。
炎はすぐに消え失せ、変身を解除し終えた聖盗が姿を現す。一見すると端正な顔立ちの、赤毛と赤い瞳が印象的な少年にしか見えないが、実際はボーイッシュな少女である。
背の高さはタチアナと同程度で、肌の色は磁器の様に真っ白。白いワイシャツにブルーのジーンズという出で立ちのせいもあり、朝霞が付けた「美少年」という仇名が、余りにも似合い過ぎている感じだ。




