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天橋暮らし 10

 夕焼け空の三割ほどが、夜に侵食されている頃合に、朝霞の乗ったバスは、天橋地区の商店街近くにあるバス停に停車する。

 仕事や学校から帰宅する客に加え、買い物の為に商店街を訪れる客も加わるせいで、バス停での乗降客は多い。


 バス停近くの建物は、コンクリート製の外壁の物が多いのだが、夕陽に色付けられて、全ての建物が煉瓦色に見える。

 走り出すバスが吐き出した黒煙が漂う道を、朝霞は港湾地区に通じる道に向かって歩き出す。


 港湾地区を巡るバスもあるのだが、朝霞が乗ったバスは違った。

 もっとも、商店街から港湾地区にある倉庫街までは、徒歩で二十分程度で行ける為、朝霞からすれば徒歩でも構わないのだ。


(あれから五時間以上過ぎてるし、もう怒って無いとは思うんだけど……)


 朝霞は心の中で、そうなる様に祈りながら、車が激しく行き交うが故に、煙る道を歩く。

 過去に同居人達を怒らせた際は、数時間逃げ回って帰宅すれば、ほとぼりが冷めていた場合が多い。


 今回も同様であるのを、朝霞は期待しているた。


(でもまぁ、念の為に……機嫌取れそうな物でも、買って帰るか)


 心の中で呟いた朝霞の視界に、夕陽の中でなければ、カラフルな色合いに見えただろう、アイスクリーム屋の屋台が映る。

 小型のトラックの荷台を、アイスクリームショップ風に改造してある屋台が、朝霞の進行方向に姿を現したのだ。


 道路沿いにある広い公園……の門の近くには、駐車スペースがあるのだが、そこには大抵、「赤城氷菓あかぎひょうか」という店名が車体に書かれた、アイスクリーム屋の屋台が停車し、公園を訪れる人々相手に商売をしている。

 朝霞や同居人達も、公園を訪れる際や、この道を通る際、良く利用する屋台なのである。


 過去に朝霞が同居人達を怒らせた際、機嫌を取る為の土産として、この屋台のアイスを利用した事も多いのだ。


(――アイスでいいか、みんな……ここのアイス好きだし)


 同居人達の機嫌を取る為、今回も赤城氷菓のアイスを土産にしようと決めた朝霞は、屋台に歩み寄って行く。

 学校帰りらしい、紺色の制服姿の少女達が、アイスケースの前に群がっている屋台に。


 少女達に混ざり、朝霞はカラフルなアイスが並んでいるアイスケースの前で、アイスを選び始める。

 同居人達のアイスの好みは熟知しているので、並んで選んでいる少女達とは違い、すぐに迷わずアイスを選べてしまう。


 ティナヤにはバニラ、神流にはストロベリー、幸手にはチョコレート、そして自分用にオレンジと、それぞれの好みに応じたアイスを一つずつ、朝霞は注文し、会計を済ます。


「お持ち帰りですか?」


 屋台の看板同様に、カラフルな制服に身を包んだ店員に問いかけられ、朝霞は答える。


「はい、氷お願いします」


 この世界にドライアイスは無いので、アイスを持ち帰る場合は、袋に氷を入れて貰うのだ。

 だが、朝霞の返答は、背後からの声により、掻き消されてしまう。


「いいえ! 公園で食べるんで、氷は要りません!」


 朝霞は振り返り、耳に馴染んだ、良く通る明瞭な声がした方に目をやる。

 朝霞の目に映ったのは、三人の同居人達の姿。


 声を上げたのは、真ん中に立っているティナヤだった。


「――な、何で此処に?」


 驚きの表情を浮かべつつ問いかける朝霞に、駐車場に停めてある、夕陽のせいでオレンジの皮の様な色に染まっている、本来は白い女性的なフォルムのセダン……キュグヌスを指差しつつ、ティナヤは答える。


「商店街での買い物の帰りに、朝霞が赤城氷菓に寄ろうとしてるのが見えたんで……」


 ティナヤの言葉を、神流が受け継ぐ。


「奢ってもらおうと思って、此処に来たって訳。どうせ、あたし達の機嫌取る為に、土産にでもするつもりだったんだろうから、構わないだろ?」


(読まれてるな、完全に。まぁ、実際……機嫌損ねた時に、ここのアイスを土産にして、機嫌を取った事、多かったから……読まれるのも当り前か)


 朝霞は気まずそうに頭を掻きながら、三人の同居人達の表情を観察する。

 何か……企んでいる様な気がしないでもないのだが、既に怒っているという状態ではないと、朝霞は同居人達の状態を判断する。


(ま、ほとぼりは冷めた考えて、良さそうだ)


 心の中で胸を撫で下ろす朝霞に、店員は山盛りのアイスが盛られたアイスコーンを、手渡す。

 持ち帰りならカップに入れるのだが、食べて帰る場合は、アイスコーンに盛るのだ。


 朝霞はアイスコーンを手に取る。

 コーンの中にもアイスが詰まっているので、ウエハースが冷たさを遮るとはいえ、手はひんやりとする。


 オレンジ以外のアイスを、朝霞は後ろにいる同居人達に手渡す。

 ストロベリーは神流に、チョコレートは幸手に、バニラはティナヤにと、それぞれの好みに合わせて。


 アイスを手にした四人は、屋台に背を向けて、公園の門に向かって歩き出す。

 煉瓦造りの門柱の間を通り抜け、その先にある階段を上ると、そこには学校の校庭程の広さがある、芝生に覆われた広場があった。


 公園といっても、遊具などがある子供向けのタイプでは無い。

 広場の中央に大きな人工池と噴水があり、あちこちに木々が植えられていて、ベンチなどが設置されている、市民達が寛ぐのに向いている、比較的大人向けの公園だ。


 時間帯によっては、デートスポットになったりもしている、雰囲気の良い公園である。

 建物の二階程の高さがある、小高い丘にあるので、特に夕方……黄昏時は、夕陽に染まる天橋市の街並や、その反対側……遠くに見える海の景色などが美しく、元々は天橋南公園という素っ気無い名称だったのだが、黄昏公園と市民から呼ばれ続け、その名が正式名称となってしまった。


 噴水が撒き散らす水が、人工池の水面に降り注ぐ、雨に似た音を聞きながら、朝霞達は人工池にかかっている、アーチ状の橋を渡り始める。

 そして、その中央辺りで立ち止まると、手摺りに寄りかかりながら、そこでアイスを食べ始める。

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