死亡遊戯 17
顔を少し上げて、自分が胸を埋めた柔らかい物の色を確認する。薄暗い中でも、濡れて艶がある白い肌と、豊かな二つの膨らみが、朝霞の目にはっきりと映る。
二つの膨らみの向かって左側に、朝霞は顔を埋める感じで倒れ込んでいたのだ。
「――旦那! 目……覚めたんスね!」
豊かな白い胸の持ち主の少女が、嬉しそうな声を上げる。少女は朝霞の右隣で居眠りしていたのだが、朝霞が倒れ込んで来た衝撃で目を覚ました。
そして、三日間以上意識を失っていた朝霞が、意識を回復したのに気付き、少女は声を上げつつ朝霞を強く抱き締めた。
「良かった! 傷は殆ど治ったのに、旦那が全然目を覚まさないもんだから、みんな心配してたんスよ!」
今度は胸の谷間に顔を埋める形で、抱き締められた朝霞は、身体の各所から強い痛みを感じ、呻き声を上げる。
「あ、すんません! つい力が!」
申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にしつつ、少女は両腕から力を抜く。でも、身体に回した腕を外す気は無いのか、優しく抱きついているままだ。
朝霞は顔を上げ、声の主の顔を確認する。聞き覚えのある声と喋り方なので、既に誰なのかは、朝霞には分かっているのだが。
赤く長い髪は、何時もの様には編まれていないし、アクセサリーに飾られていない為、普段とは印象がかなり違う。メイクもしていない為、普段より目元や唇の色が地味ではあるが、肌が上気して色付いている為、むしろ艶は増している。
睫が薄かったり、瞼が奥二重だったりするせいで、少女は顔立ちが整っているにも関わらず、顔に地味な印象があるのを気にしている。その為、少女のメイクは普段は派手目なのだ、メイクだけでなくファッション自体も。
少女のノーメイクの素顔を見るのは、朝霞は初めてだったのだが、地味な印象は受けなかった。大きめの赤い瞳は印象的であり、むしろ目立つ部類だと思う程。
思ったままの感想を、朝霞は口にする。
「――全然、地味じゃないと思うけどね、ジャラジャラの顔。むしろ派手な部類だろ」
朝霞の言葉を聞いた、ジャラジャラと呼ばれた少女……タチアナ・エギンは、自分がノーメイクの顔を朝霞に晒しているのに、今更になって気付く。そして、恥ずかしげに俯き加減で、タチアナは呟く。
「地味なんスよ、瞳や髪の色とかが……」
タチアナから以前、朝霞が聞いた話では、同じ赤い瞳や髪であっても、朝霞などの他世界の人間には、区別が難しい違いがあるらしい。自分の瞳や髪は、紅玉界では物凄く地味で有り勝ちな色合いなのだと、タチアナから朝霞は聞いた事があったのだ。
オルガは派手さの塊、タマラは昔の少女マンガに出て来る、美少年キャラクターの様。そんな二人の仲間に比べ、睫の量が少なかったりと、目元が地味なのは、タチアナの素顔を目にした、今の朝霞にも分かった。
だが、タチアナが顔が地味だと気にしているのは、正直理解出来ないというのが、素顔を見た上での、朝霞の偽らざる感想である。比較対象のオルガやタマラの目元が、派手過ぎなせいで、地味だと思い込んでるだけなのではと朝霞は思う。
(むしろ、身体の方まで含めたら、派手過ぎだろうに……)
タチアナが俯いて、目線が自分から外れた隙に、朝霞は目線を下に移動させ、派手過ぎるタチアナの身体を目にしてしまう。モラルも持ち合わせてはいるのだが、思春期の少年の性として、やはり目の前にある少女の裸体は、気になってしまうのだ。
神流に近い長身であるが、胸は豊かで身体つきは相当に女性的。胸のサイズこそオルガに僅かに劣るが、オルガに負けない程に魅惑的なタチアナの身体が、朝霞の目に映る。
僅かの間、タチアナの裸体を目にしただけで、すぐに朝霞は目線をタチアナの顔に戻す。タチアナ自身は朝霞に裸体を隠す気など無いのだが、それでも微妙な罪悪感を、朝霞が覚えてしまったが故に。
直後、朝霞は右腕を捉まれ、強い力で右側に引っ張られる。タチアナの身体の上から引き摺り下ろされた朝霞は、再び別の誰かの身体の上に乗っかる形で、抱き止められた。
色黒の朝霞よりも、更に濃い褐色の肌に包まれた豊かな胸の谷間。タチアナより僅かに大柄であり、頭と身体を抱き締めて来る腕は、かなりの筋肉質。
褐色の肌の女は、この世界に来る前から身体を鍛えていた為、この世界に来てから鍛えた朝霞やタチアナなどとは、筋肉の付き方が違う。胸が豊かである以外は、神流に近い身体の持ち主だ。
故郷である紅玉界では、軍人だったらしいと、朝霞は女から聞いた事がある。「らしい」という曖昧な表現なのは、女が奪われた記憶が、友人に関する記憶と、軍人時代と軍学校時代のすべての記憶であり、軍人時代の記憶が無いが故。
子供の頃から修行を続けていたせいか、武術に関する知識は、軍学校に入る前の分は奪われえる事無く残されていた。その為、基本的な戦闘力が高いまま、煙水晶界に来たという意味では、女は神流の同類である。
失った記憶に関しては、友人に関する記憶を全て失った朝霞と、同類といえる(それ以上の記憶を、女は失ってはいるが)。故に、そういう意味では褐色の女と朝霞とは、通じ合う部分も強い。
ただ、朝霞が煙水晶界で関わり、好意を寄せられた女性の中では、最も積極的かつ強引なタイプで、人目も気にせず迫って来る為、最も対処に困る相手でもある。




