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死亡遊戯 16

 人肌に近い……程良い温度の液体に浸かっている感覚を覚えながら、ゆっくりと静かに、朝霞の意識は戻り始めていた。まるで入浴中に微睡ろんでしまい、湯が冷める前に目が覚めた時の様な感じ。

 身体の両側には柔らかな人肌と体温、誰かに挟まれる形で、液体の中で横たわっている。瞼を下ろしたままなのだが、体が光を浴びているらしいのは、朝霞には感覚で分かる。

 夏の浜辺やプールサイドで、肌を焼いている時の様な、陽射に炙られるのとは違う、もっと優しい、癒される様な柔らかな光を浴びている感覚。

(――風呂に入ったまま、眠っちまったのかな?)

 腕に当たる人肌の感覚から、同居人達と湯船に浸かったまま、眠ってしまったのだろうかと、朝霞は考えたのだ。肌に感じる不思議な光が何なのかは、思い当たらなかったのだが。

 重い瞼を上げて、朝霞は状況を確認しようとする。すると、瞼が上がるにつれて、朝霞の視界が赤く染まっていく。

(?)

 古いオートフォーカスのカメラの様に、目の焦点が合うのが遅い。ソフトフォーカスがかかり過ぎた視界は、数秒間をかけながら、次第にはっきりと姿を現し始める。

 最初に目に映ったのは、茶色い天井。だが、視界だけでなく、思考が徐々にはっきりし始めたので、天井は茶色い訳ではないと、朝霞は気付く。

 灰色のコンクリートが赤い光に照らされたせいで、茶色っぽく見えているのだ。

(夕陽? それとも、照明が赤いのか?)

 目を開けた直後、視界が赤く染まったのは、周囲を照らしている光源の光が赤いせいだと、朝霞は気付く。それが夕陽なのか、部屋の照明なのかは分からないのだが。

 朝霞は光源を確認すべく、光が来ている方向……左上の方を見上げる。

(――赤い……三日月?)

 目にしたままの印象を、朝霞は心の中で呟く。左上の方から、朝霞を照らしている光源は、左下の部分が輝く、赤い三日月の様に見えたのだ。

 だが、本物の月の訳が無いのに、すぐに朝霞は気付く。月が気象条件などにより、赤く色付く場合があるので、色のせいで気付いた訳では無く、単に距離が近過ぎたから、本物ではないと気付いたのである。

 赤い三日月の如き光源は夜空ではなく、二メートルと離れていない、朝霞と同じ部屋の中に存在していた。一見すると、赤い光を放つ三日月形の室内照明に見えるのだが、よく見ると違うのが分かる。

 光源である赤い三日月の下に、人影が見えるのだ。椅子に座って脚を組み、本を読んでいるかの様なポーズを取っている人影が。

 人影の額の辺りに、赤く光る三日月が付いているという感じに、朝霞には見えた。

(赤い三日月が額にある人間って……まさか!)

 朝霞は一人だけ、そんな姿の人間に心当たりがあった。無論、普段から赤い三日月を額で光らす様な、いかれた人間に心当たりがある訳ではない。

 赤と黒を基調としたカラーリングの装束に、額に赤い三日月型の前立て(兜の額の辺りにある飾り)がついた仮面という姿の仮面者、より正確に言えば仮面者に変身する聖盗に、朝霞は心当たりがあったのだ。仮面者は通常なら額に六芒星があるのだが、この仮面者の額には、三日月形の前立てがある為、一見すると額の六芒星が無い様に見える。

 だが、前立てはバイザー風の可動式プレートの上に付いているので、プレートごと上にずらせば、赤い六芒星が姿を現すのだ。そして赤い六芒星は、その出身世界が紅玉界である証。

「――美少年?」

 額に赤い三日月の前立てを持つ仮面者に変身する、紅玉界の聖盗につけた仇名で、朝霞は呼びかけてみる。目と同様に、余り上手くは口が動かない為、その声は弱々しい。

 ティアドロップ型のサングラスを思わせるアイガード越しに、文庫本を読み耽っていた聖盗が、顔を僅かに上げて朝霞を見下ろす。

「――黒猫君、意識……戻ったのか!」

 驚きと喜びの入り混じった声を上げつつ、聖盗は立ち上がる。そして、手にしていた本を椅子に置き、朝霞が寝ている、赤と黒のブロックを組み合わせて作られたかの様な、広いが浅い浴槽に歩み寄り、膝立ちの姿勢を取ると、朝霞の顔を覗き込む。

 仮面のせいで、聖盗の表情は分からない。でも、朝霞に近寄り顔を覗き込んだ動きや、声のトーンなどから、朝霞が目覚めたのを喜んでいるのは明らかだ。

 顔が近付いたせいで、赤い三日月の光も近付いてしまい、朝霞は眩げに顔を背ける。

「あ、眩しかったかな? すまない、一度……止めよう」

 スイッチが切られたライトの様に、赤い三日月の光が消えて行く。部屋の中に他の光源は無いので、部屋の中は一気に真っ暗になる。数秒間だけ室内は闇に包まれるが、程無く部屋は柔らかな……優しい光により、照らされ始める。

 ワット数の低い発熱電球の様な光球が、朝霞に美少年と呼ばれた聖盗の左掌に載っている。聖盗が弱い光を放つ魔術を発動したのだ。聖盗は朝霞の方に戻って来ると、光球を浴槽の縁に置く。

 縁に置かれた光球は、間接照明などに使われる、ボール型のフロアランプの様に、室内を照らす。照らされたとは言っても弱い光なので、薄暗い程度の明るさなのだが、目覚めたばかりの朝霞にとっては、むしろ程良い状態といえる。

 浴槽の右側に膝立ちになっている聖盗と話す為に、朝霞は上体を起こそうとするが、右側に崩れてしまう。身体が目覚め切っていないのか、思い通りに動かないせいでもあるが、身体が密着する様に触れていた、両側にいる人間の身体に、腕が引っかかってしまったせいでもある。

 右腕が崩れて右側に転がる形で、水音と水飛沫を立てながら、朝霞は右側に倒れ込む。右側に仰向けに寝ている人の上に、うつ伏せで覆い被さる感じで。

 濡れた……柔らかい膨らんだ肉の感触に、朝霞の顔は受け止められる。顔を受け止めた、人の身体の柔らかい箇所が何処であるのかは、割と頻繁に顔を埋める羽目になっている為に、朝霞には分かる。

 そして、日常的に顔を埋める同居人達のそれとは、感触が微妙に違う事にも、朝霞は気付く。

(あ、そっか……美少年と一緒にいるって事は、あいつらじゃないんだ)

 この場合の「あいつら」とは、三人の同居人の事だ。浴槽で並んで眠っていた状況で意識を取り戻した為、両側にいるのは同居人の内の二人だと、まだ頭の働きが本調子ではない朝霞は、思い込んでしまったままだった。


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