死亡遊戯 14
シャワーノズルから噴出す湯が、汚れと溶け合った石鹸の泡を洗い流す。泡が消えて姿を現した肌は、湯の温度のせいだろう、火照っているかの様な色合いだ。
全身を洗い終えた幸手はシャワーを止めると、頭と身体を揺すり、軽く水気を飛ばしてから、湯気に満たされたバスルームを出て、洗面所を兼ねた脱衣所に移動する。湯上りにはバスローブを使う場合も多いのだが、それは夜の話。
朝である今は、バスタオルで髪から順に足先までを、拭いて水気を取る。裸のまま身体を動かすので、豊かな胸が弾む様に揺れる。
入浴前に用意して置いた下着を素早く身につけ、眼鏡をかけると、幸手は白い洗面台の前に移動。共用のドライヤーで髪を乾かしながら、ブラッシングを始める。
普段は自分の部屋の鏡台でやるのだが、メイクをする暇も無さそうな程に急いでいる時は、洗面台で幸手は髪を整える。共用のドライヤーの方が出力が強く、すぐに髪が乾くので。
大雑把に整えたセミロングの髪を、うなじの辺りでゴムを使ってまとめると、下着姿のまま脱衣所を後にして、幸手は自室に向う。クローゼットを開けて、数着が常に準備してある黒いスーツに、幸手は手を伸ばす。
「――今回はティナヤっちとだから、他のにするか。イダテンも今は黒じゃないし」
黒猫団で行動する場合は、黒で合わせる場合が多いのだが、今回同行するのは、余り黒い服を着ないティナヤなのを思い出し、幸手は着る服を迷い始める。結果、普段着として着慣れている、カーキ色のパンツにオリーブ色のロングスリーブをシャツを選び、素早く身につける。
一応は鏡台の前に行き、メイクをするかどうか迷う。十分な睡眠を取ったせいだろう、既に目の隈は無いし、健康な若い女性としての透明感と張りのある肌も取り戻せている。
「余り待たせる訳にもいかないし、メイクはいいか……」
メイクにこだわりがあるタイプでは無いし、女二人の旅になる事もあり、幸手はあっさりとメイクを諦めると、部屋の隅に積んである、枯草色の籠の方に歩み寄る。
遠征に必要な物は、イダテンに積んだままなのだが、汚れた着衣は交換しなければならないし、現金など消耗した物の補充も必要。そういった物の交換や補充の分を、幸手は籠に一まとめにして、幾つか常にキープしているのだ。
籠の蓋には取っ手があり、そのままバッグの様に持ち運んで、イダテンに積み込む事が出来る。幸手は籠を手に取ると、自室を後にして玄関に向う。
途中、通り抜けるダイニングキッチンで、幸手はパンをバターで焼いた香りを嗅ぎ取る。既にダイニングキッチンは片付いているが、ティナヤが調理した残り香だろうと、幸手は思いながら、玄関で靴を履く。
ドアを開けて外に出た幸手は、強い朝陽に照らされ、眩げに目を細める。一応屋根はあるのだが、朝で太陽が低い為、余り陽を遮る用途には役立たない。
ドアの鍵を閉めると、防犯用の魔術式の状態に問題が無いのを確認してから、幸手は螺旋階段を駆け下り始める。軽やかな金属音を、鳴らしながら。
階段を下りる途中、灰色のイダテンとティナヤの姿が、幸手の目に映る。程良く色褪せたジーンズに、目に眩しい白いワイシャツという出で立ちで、襟元はループタイで飾られている。
青いデニム生地のキャスケットを被っていて、ポニーテールの尾の部分は、キャスケットの後ろに開いた穴を通してある。スカート系のファッションが多い普段に比べ、かなり活動的な印象を見る者に与える外見だ。
(ほんとまぁ……人目惹くよね、ティナヤっちは。何着ても似合うし、存在自体が派手だ)
強い朝陽の下、舞台の上でライトを当てられたヒロインの様に、幸手にはティナヤが眩しい存在に見えた。単に白いシャツや金髪が、陽光を反射して眩いという以上に。
(こっちの世界に来てなかったら、絶対に親しくはならなかったタイプだよ。日本でだったら、良い子なのが分かってても、正直近寄り難かっただろうな)
タイプこそ違えど、顔立ちは整っているし、胸が豊かであったりと、幸手は決して魅力において、ティナヤに大きく引けを取ったりはしない。ただ、長期間引き篭もっていた時期がある程度に、日本にいた頃の幸手は内向的な少女だった。
素材は良かったのだが、余り他人関わろうとしなかったせいもあり、ファッションにも余り気を使わず、女性的な魅力のアピール能力は低いと自覚していた。ミリタリー系や作業用などの、ラフで気を使わないファッションを今でも好んでいるのは、その頃に染み付いた趣味の名残だ。
ファンタジー系やミリタリー系のオンラインゲームに、廃人レベルではまっていた幸手は、日常のファッションの方も影響を受けてしまっていた。ファンタジー系は流石に無理なので、ミリタリー系を好むという形で。
高校時代の記憶は無いが、中学時代も高校同様に女子校であり、不登校だった時期を覗けば、幸手は普通に中学生としての生活を送っていた。どちらかといえば、地味で目立たない生徒として。
地味だった頃の幸手からすれば、派手で目立つ存在だったクラスメートなどの女の子は、関わり合いたくもない存在だったのだ。中には性格も良くて優しい、完璧を絵に描いた様な子もいて、色々と声をかけてきてくれたりした事もあったのだが、正直関わり合いたく無いというのが、当時の幸手の本音だった。
派手で目立つ存在の少女を前にすると、幸手としては見ているだけでも眩しく、引け目を感じてしまっていたのだ。普段は意識すらしなかった劣等感を、自覚させられてしまうが故に。
同じ種類の引け目と眩しさを、幸手はティナヤ相手に感じる事がある。昔とは違い、自分の見た目や地味さに対して、引け目など感じる必要が無い程に、魅力的に育った今の幸手ではあるのだが。
(メイク……してくれば良かったかな。いや、張り合うだけ無駄か……)
螺旋階段を下りながら、イダテンの近くにいるティナヤを目にした幸手は、眩しさと引け目を感じてしまっていた。故に、自嘲気味に心の中で、愚痴を吐いてしまったのだ。




