死亡遊戯 13
「ちょっと魔術式、確認させて」
幸手はティナヤに歩み寄ると、少しだけ背伸びをして、その額に目を近付ける。仮面者となる為の魔術式同様、額の表面ではなく奥に沈み込む形で固定化されている為、魔術師であっても通常時では、かなり目を近づけなければ、魔術式を確認出来ない。
眼鏡が触れんばかりに額に近付いた幸手の目に、余りはっきりとでは無いが、青い六芒星の姿が映る。細かい魔術式までは読み取れないが、明らかにソロモン式の魔術式が存在し、機能しているのが幸手には分かった。
「確かに、ソウル・リンクは生きている……という事は、朝霞っちは無事なんだ……」
幸手はティナヤの額から目を離すと、安堵した様に呟く。朝霞の命が無事である確信を、幸手もティナヤ同様に持てたのだ。
緊張が急激に解れたせいで、幸手の全身から力が抜け、崩れ落ちそうになるが、ティナヤに身体を支えられ、何とか持ちこたえる。
「ありがと」
ティナヤに礼を言いつつ、幸手は近くにあった椅子を引き寄せると、ティナヤから身体を離して座る。そして、朝霞が生きている前提で、幸手は思考を巡らす。
「――最悪の事態は避けられたとはいえ、朝霞っちの行方が分からないのは、やっぱり問題よね」
腕組みをしながら、幸手は言葉を続ける。
「次の日までハノイで待っていたけど、姿を現さないし……このアジトにも戻って無いという事は、命は無事だとしても、まともに動けない程のダメージを負っているのかも」
「朝霞が動けないなら、私達が探しに行った方がいいのかな? 魂の羅針盤を使えば、朝霞の居場所は分かるんだし」
「そう、それ! 魂の羅針盤! ティナヤっちに魂の羅針盤借りて、朝霞っちを探しに行くつもりだったんだよ!」
「借りてって……私は置いてけぼりな前提なのかな?」
「だって、やばい事態に巻き込まれてるかも知れないから、ティナヤを連れて行く訳にはいかないじゃない!」
「私も朝霞の事は心配だから、今回は一緒に行くからね。貸すだけとかなら、お断り」
「いや、でも……」
「それに、私が一緒でないと、たぶん魂の羅針盤は上手く機能しないと思うし」
「何故?」
「朝霞を魂の羅針盤の針で刺す時、針の反対側……触っちゃったから」
ティナヤは朝霞達が旅立ってから、暇を見つけては保有するミルム・アンティクウス関連の資料整理をしていた。その際……魂の羅針盤に関する、「ララル・コレクション目録」には掲載し損ねたと思われる、魂の羅針盤に関する未整理の資料を見つけ出したのだ。
魂の羅針盤の本針は、最後に触れた人の魂がある方向を指す。追跡対象である人間に触れさせた直後、本針の底……つまり反対側に、別の誰かが触れると、魂の羅針盤の使用者が、固定されてしまう機能があると、資料には記されていた。
使用者が固定されてしまうと、その本針の底に触れた人間が近くにいなければ、魂の羅針盤は正常には機能しなくなってしまうのである。この使用者の固定は、本針の先端に別の誰かを触れさせるまで、解除される事は無いのだと、ティナヤは幸手に説明する。
「――つまり、ティナヤっちに使用者が固定されているから、ティナヤっちと一緒じゃないと、魂の羅針盤は正常には機能しないって訳?」
「確かめた訳じゃないけどね」
ティナヤが「たぶん」を付けたのは、そんな記述の資料が見付かっただけで、確認を取った訳では無いから。
「そういう訳なら、一緒に行くしか無いか……」
出来ればティナヤは、安全の為に置いて行きたかったのだが、魂の羅針盤が正常に機能しなければ、朝霞を探せない。仕方なしにではあるが、幸手はティナヤの同行を認める。
「――そういえば、魂の羅針盤……今はどっち指してるの?」
「越南州や華南州の方を指したまま、ずっと動いてないよ」
天橋市から見て、ハノイがある越南州や、移動ルートの大部分を占める華南は、ほぼ同じ西南西の方向にある。その為、魂の羅針盤は縮地橋で北北東にある露東州に移動している時以外、殆ど針の向きに変化は無い。
殆ど動きが無いにも関わらず、ティナヤは一応は定期的に、魂の羅針盤のチェックを続けていた。どちらかと言えば、仲間がいる方向を確認し、寂しさを紛らわせるのを目的として。
ティナヤは自分の部屋に戻り、魂の羅針盤と書類を手にして戻って来る。色褪せた紙魚だらけの書類と、片手でギリギリ持てる大きさの、大きな懐中時計に見えなくも無い、真鍮製の魂の羅針盤をテーブルの上に置くと、ティナヤは幸手の近くの椅子に座る。
「確かに、西南西を向いてるね。ハノイにいるのか、それとも華南とか……西南西方向の何処かに移動しているのかは、分からないけど」
魂の羅針盤をチェックした後、幸手は書類の方に目を通す。そして、ティナヤの言う通り、魂の羅針盤には使用者を固定してしまう機能があるのを、幸手は確認する。
「成る程、ティナヤっちを置いたままでは、朝霞を探しには行けない訳ね」
幸手の呟きに、ティナヤは頷く。
「――ま、これでとにかく……朝霞っちを探し出す目処は立った訳だ。早く探しに行か……」
言葉の途中で、幸手は大あくびをしてしまう。朝霞の生存に確信が持てた上、探し出す為の道具も目の前にあり、後はティナヤと共に、朝霞を探し出す為に出立するだけという状況。
そんな状況に安堵した幸手の精神と身体に、どっと疲れと眠気が押し寄せたのだ。
「無茶な運転して、寝不足なんでしょ」
予定より早い帰還と、目の隈などから伝わる疲労感などから、幸手が殆ど眠らずに、ハノイから遠距離を走り続けて来ただろう事は、ティナヤには分かっていた。
「出発は明日の朝にして、ちゃんと睡眠取った方がいいんじゃないかな? それとも、私の運転で今すぐに発って、後部座席で寝る方が良い?」
ティナヤの問いに、幸手は返事をしなかった。幸手は答える前に、気持ち良さそうに寝息を立て始めてしまったのだ。
「明日の朝で決まりね。まぁ、その方が良いと思うけど」
幸手の疲労状態は相当なレベルに見えたので、一晩だけでもきっちりと休んだ方が良いと、ティナヤは考えたのである。朝霞の生存を確信してはいても、行方不明になった経緯を幸手から聞いた為、本音を言えば今すぐにでも、ティナヤは朝霞を探しに行きたかったのだが。
「椅子じゃ休まらないだろうし……」
ティナヤは立ち上がると、幸手の近くに移動して腰を落す。そして、幸手の腕を掴んで、背負いながら立ち上がると、幸手の部屋に向かって歩き出す。
「――シャワー浴びてから、眠った方が良かったんじゃないかな?」
密着した幸手の身体は、ハノイからの帰路……風呂やシャワーと無縁だったせいか、結構汗臭かったので、ティナヤは眠っている幸手に問いかける。無論、返事などは期待していない。
幸手の部屋に入ったティナヤは、幸手をベッドの上に座らせると、スーツとシャツを脱がせて、楽な格好にさせる。その上で、幸手をベッドに仰向けに寝かせると、その上から毛布をかける。
「おやすみ」
すやすやと寝息を立てる幸手に言葉をかけると、ティナヤは幸手の部屋を後にする。




