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死亡遊戯 12

 何時の間にか広がった雲が、星空を覆い隠している。何処となく不穏さを感じさせる風が、天橋市の空に雲を送り込んで来たのである。

 街明かりが星空の様に煌く、市街地や繁華街とは違い、倉庫街の光源は少ない。申し訳程度に設置されてる街灯以外の光源といえば、住居として利用されている、二階建てにしては妙に高い倉庫の灯りと、倉庫街を走る一台の自動車のヘッドライトくらいだ。

 二つの光源は、急速に間合いを詰めつつある。天橋市の繁華街の方から走って来た自動車が、住居として利用されている倉庫に接近中である為。

 煉瓦造りの倉庫街を走る灰色の車は、その妙に高い倉庫の前に辿り着くと、耳障りなスキール音を立てつつ停車する。魔動エンジンの音が止み、ヘッドライトが消えて光が消え失せると、荒々しくドアを開閉する音がする……運転手が車から降りたのだ。

 倉庫の外側に設置されている螺旋階段を、車から降りた白いマニッシュなスーツ姿の少女が、豊かな胸を揺らしながら駆け上がる。倉庫の住民に自らの存在を知らせる様に、わざわざ鋼鉄製の階段を強く踏み鳴らし、グロッケンの様な音を響かせながら。

 二階に辿り着いた少女は、既に右手に握っていた鍵をドアの鍵穴に突っ込んで解錠、ドアを開けて中に入る。

「ただいま! ティナヤっち、起きてるよね?」

 灯りがついているので、住人であるティナヤは起きているだろうと、少女……幸手は思ってはいた。だが、既に深夜と言える時間帯、灯りはついていても、眠っている可能性はあると、幸手が考えたが故の、帰宅早々の言葉である。

「お帰り!」

 ティナヤの部屋のドアが開き、玄関に繋がるダイニングキッチンに、ティナヤが姿を現す。白いTシャツにショートパンツという出で立ちで、風呂上りで乾き切っていないのか、金色の髪には湿った感じの艶がある。

「あれ、幸手一人なのかな?」

 問いには答えず、幸手は焦り気味の表情で訊き返す。

「ハノイでの事件については、知ってるよね?」

 幸手は帰宅する前、蒼玉界の聖盗達が集うアジトのバーを訪れた。トレーラーに積んである三千もの蒼玉を、星牢ごと預ける為に。

 まだバーは正規の営業中だったのだが、バーのオーナー兼バーテンダーである男の娘で、バーではウェイトレスとして働いている娘を呼び出し、幸手はトレーラーごと蒼玉を預けた。その際の娘との会話で、十七日……つまり本日付の夕刊により、天橋市にもハノイでの事件が報道されていたのを、幸手は知っていたのだ。

 故に、ハノイでの事件や、朝霞が死亡したかもしれないという報道について、ティナヤも知っているだろうと、幸手は思っていたのである。

「夕刊に載ってたから、報道されている範囲の事は……」

 テーブルの上に置いてある夕刊を指差しながら、ティナヤは幸手の問いに答える。

「知ってる割りには、随分と冷静に見えるんだけど?」

「知ってるって……黒猫が死んだかも知れないっていう、新聞記事の話?」

 ティナヤの問いに、幸手は頷く。幸手自身、朝霞の生存を信じてはいるのだが、朝霞が死んだかもしれないという報道について知った上でも、ティナヤの様子から焦りや心労が見て取れないのは、違和感を覚える程に意外だったのだ。

 幸手の方は、目の下には隈が出来てしまっているし、髪も乱れ……目も充血していたりと、一目で分かる程にやつれていた。ハノイから無茶な長距離移動を続けたせいでもあるが、朝霞に対する心労こそが、やつれた最大の原因といえる。

 朝霞の生存を信じてはいるが、それでも朝霞が死んだかもしれないという不安を、完全に消し去れるものではない。朝霞の死についての不安は、少しでも気を緩めると、心の奥底から湧き上がり、幸手を苛み続けたのだ。

「――朝霞が死んだなんていう話、私も信じてないけど……行方不明なんだ、朝霞っち……」

 普段は見せない深刻そうな表情で、幸手は言葉を続ける。

「ハノイでの戦いの途中、追いかけて来た夜叉の足止めをする為に、朝霞っちが一人だけ残って、私と神流っちを逃がした時から……」

 そんな幸手の言葉を聞いて、やつれた表情を目にして、ティナヤは察する。朝霞が生きていると完全には信じ切れずに、幸手が相当な精神的ダメージを負っているのを。

「行方不明なんだ、朝霞……」

 驚きの表情を浮かべつつ、ティナヤは呟く。だが、その表情には幸手とは違い、余裕が感じられる。

「朝霞なら大丈夫、ちゃんと生きてるよ」

 幸手の心労を察したティナヤは、その心労を軽減すべく、自信を持って言い切る。

「どうして? 何を根拠に……そんな風に断言出来るの?」

 朝霞やハノイから遠く離れた天橋市にいたティナヤが、一緒にいた自分ですら拭い去れない不安感と無縁であり、朝霞が無事だと断言出来てしまう事に、幸手は納得がいかなかった。故に幸手の口調は、やや食ってかかる様な感じになってしまう。

 ティナヤは右手で自分の額を指差し、幸手の問いに答える。

「ソウル・リンクが繋がったままだから、朝霞は死んでない……ちゃんと生きてるのが、私には分かるの」

 呆気に取られた表情を、幸手は浮かべる。そして、魂の羅針盤については記憶していたが、ソウル・リンクの存在と性質について、自分が完全に失念していた事に、幸手は今更気付く。


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