死亡遊戯 11
空の赤味が増して行くにつれ、街の景色も赤く色付いていく。夕方の天橋市の商店街は、夕食の為の買い物客で賑わっている。
夕陽のせいで白には見えなくなっている、ワンピース姿のティナヤの買い物籠も、夕食の材料で一杯だ。一人分の買い物にしては量が多いのは、朝霞達が早目に帰って来る可能性を考慮しているから。
今は十七日の夕方、朝霞達がハノイから戻るのは、予定では十八日以降なのだが、早目に戻れた時の為、ティナヤは備えているのだ。既に買い物は終っているので、ティナヤは商店街の出入口を目指して歩いている。
そんなティナヤの視界に、賑わっている商店街の通りの中でも、一際賑わっている屋台型の店舗の姿が映る。商店街が賑わう夕方に合わせ、新聞社が夕刊を出す新聞スタンドの屋台だ。
夕方は何時も賑わっている新聞スタンドなのだが、今日は普段よりも人の数が多く、新聞スタンドの近くに屯って、夕刊を読み耽っている客達も多い。
(何か大きなニュースがあったのかな? まさか、朝霞達に関係がある事とか?)
興味を惹かれ、ティナヤは新聞スタンドの方に近付いて行く。ハノイでのブラックマーケットが十五日、何か大事件がハノイであったとしたら、最速の一報が届いても、おかしくはないだけの時間が過ぎている。
微妙な不安感を覚えつつ、新聞スタンドに歩み寄るティナヤの目に、スタンドに並ぶ夕刊の見出しが目に入る。「越南州ハノイで大規模魔術戦闘勃発! あの有名聖盗が死亡?」という、煽る様な見出しが。
(あの有名聖盗が死亡って……まさか!)
疑問符がついているとはいえ、その聖盗が朝霞達なのではないかという不安に襲われ、ティナヤは息苦しさを覚える程の、酷いショックを受ける。だが、息苦しさを堪えて、買い物籠の中の小銭入れから小銭を取り出すと、ティナヤは新聞スタンドの店員に手渡し、代わりに夕刊を受け取る。
少しだけ新聞スタンドから離れると、ティナヤは即座に夕刊を広げて読み始める。記事の内容は、幸手が廈門で目にした新聞と大差が無いもので、基本は神流が読んだハノイの地元紙から配信を受けた記事を、自社でアレンジしたものだった。
故に当然、黒猫と思われる聖盗が、その大規模魔術戦闘に巻き込まれ、死亡したかもしれないというニュースを伝えていた。見出しに疑問符がついていた通り、確定的な情報ではなく、黒猫が死んだという断定は避けているのだが。
眩暈がして、その場で崩れ落ちそうな衝撃を受けつつも、ティナヤは何とか正気を保ち、深く息を吸い込み、呼吸を整えて心と鼓動を落ち着かせる。聖盗ではないので、本格的なトレーニングを積んだ訳ではないが、時折神流に武術の指導を受け、基本的な呼吸法を身につけてはいるので、ティナヤも酷い衝撃を受けた際、心と体を整える方法を知っていた。
ある程度、心と身体の落ち着きを取り戻してから、ティナヤは再度……夕刊のハノイに関する記事を読み直す。
(――断定的な表現じゃなくて、かなり曖昧な表現ばかり。朝霞が死んだって事に関しては、とてもじゃないけど……信じていい記事じゃないんじゃないかな!)
自分に言い聞かせる様に、ティナヤは心の中で言い切る。無論、ティナヤ自身の願望も入ってはいるが、実際に黒猫に関する記述は、明らかに断定を避けているものばかりだった。
(それに、何だか良く分からないけど……朝霞が死んでいるなんて思えない。朝霞が生きてるって……感じるんだ)
心の中で呟きながら、新聞のページを捲っていた右手を、ティナヤは自然と額へと移動させる。無意識に、朝霞が生きていると感じる身体の部分に、ティナヤの右手が伸びたという感じ。
自分が何故、朝霞が生きていると、額で感じたのかが分からず、ティナヤは戸惑い……思考を巡らす。そして思い出す、その額に青く光る六芒星が描かれた、朝霞と行った儀式染みた魔術の事を。
(ソウル・リンク!)
今は可視状態にないが、額の奥に記された六芒星の魔術式により、ティナヤと朝霞は魂魄の魄を、霊的な経路により接続されている。故に、気やライフフォースと呼ばれる生命エネルギーの供給を朝霞から受け、常にティナヤは八部衆化から防がれている。
つまり、ソウル・リンクにより朝霞とティナヤは、霊的な繋がりを持っている状態にある。そして、自分の魂魄に仕掛けられた魔術が機能しているのが、普段は特に意識せずとも、意識すればティナヤには分かるのだ。
深い……霊的なレベルで朝霞と自分が繋がっている事を、ティナヤは今でも感じ取れていた。
(ソウル・リンク……繋がってると思うんだけど、繋がってるって事は、朝霞は生きてるんじゃないかな?)
保護する側の魔術師が死ねば、霊的な経路と保護は切れ、ソウル・リンクは機能を停止する。ソウル・リンクが機能している以上、朝霞は死んでいないと、ティナヤには判断出来るのだ。
(朝霞……生きてるんだ!)
大事な物を撫でる様に、右手で額を撫でながら、ティナヤは心の中で喜びの声を上げる。嬉しさが心の奥底から込み上げ、安堵により全身から力が抜けて行く。
(大丈夫、何事も無かったみたいに、朝霞は帰って来るに決まってる)
朝霞の無事を確信したティナヤは、夕刊を丸めて買い物籠に突っ込むと、再び商店街の出入口といえる、通りの端に向かって歩き出す。朝霞の生存は確信しつつも、何らかのトラブルに仲間と共に遭っているのかも知れないので、朝霞と仲間の無事を祈りながら……。




