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死亡遊戯 10

「八部衆の候補者となった教え子に、香巴拉の魔術の存在を知らせ、条件の一つを満たしたのか……」

 苦々しげな表情で、ライデンは呟く。八部衆の候補者は三つの条件を満たし、八部衆となるのだが、その一つである「煙水晶界の人間である事」という条件は、候補者に選ばれた時点で、満たしてしまっている(異世界人の血が一定以上の濃さで流れている者は、候補者にすら選ばれない)。

 残り二つの条件の一つが、「香巴拉式の魔術の存在を知っている事」である。ナイルは教え子に香巴拉について教えてしまった為、この条件を満たしてしまったのだ。

 つまり、その教え子の学生は、残り一つの条件を満たしてしまえば、八部衆と化すのである。ナイルとしては、よりにもよって自分の教え子が、八部衆となる可能性を高めてしまった訳で、「とんでもない失敗」と後悔するのも当たり前と言える。

「アナテマが薔薇滅に手を出していたと、あの時知っていたら……こんな事には」

 口惜しげに呟いてから、ナイルは頭を軽く振り、言葉を続ける。

「いや、今更そんな後悔をしても意味が無い、これからどうすべきかの方が重要だ」

 ナイルの言葉に、ライデンは頷く。ナイルが学生に香巴拉についての情報を開示したのは、経緯からすれば妥当といえたので、ライデンとしてもナイルを責める気にはなれない。

 ライデン自身が、アナテマが薔薇滅に手を出した情報を、政府外の人間とはいえ、ナイルに少しでも早く開示していれば、防げた失敗ともいえる。自分にはナイルを責める資格が無いと、ライデン自身も認識していた。

「まぁ、二つ目の条件を満たしたからといって、そう簡単に三つ目の条件は満たされはしないさ。その教え子の学生に、ちゃんと保険はかけておいたんだろ?」

 香巴拉に関する情報を開示する際、開示された人間が八部衆とならない様に、開示する側は確実に保険をかける。政府所属の人間の場合は、ミルム・アンティクウスによる保護を、聖盗の協力者などの場合は、聖盗とのソウル・リンクが、その保険といえた。

「それは当然、今現在……世界でトップクラスの聖盗相手に、ソウル・リンクを結ばせている」

「世界でトップクラスか、そいつは安心だな」

 ライデンの言葉に、ナイルは頷く。

「彼なら滅多な事で死にはしないだろうから、俺の教え子の八部衆化を、防ぎ続けてくれる筈だ」

「――で、お前が世界でトップクラスと言う程の聖盗というのは、どんな奴だ?」

 その問いに、ナイルは少しだけ答えるのを躊躇う。聖盗の仁義として、聖盗の名を明かしていいものかどうか、迷ったのだ。

 だが、この段階に至ってしまえば、下手に情報を隠したり誤魔化したりするのは、デメリットの方が大きいかもしれないと考え、ナイルは意を決して口を開く。

「黒猫団の黒猫だよ」

 黒猫という言葉を聞いて、ライデンの表情が強張る。賭け事に負け続けた男が、運命の女神に自分が見放されているのを、悟ったかの様な表情だ。

 表情と雰囲気の変化から、何か嫌なものを感じ取ったナイルは、ライデンに問いかける。

「どうかしたのか?」

「――今回のハノイでの戦いに、聖盗が一人巻き込まれて、死んだ可能性がある。八部衆に金剛杵を使わせた程の凄腕で、間違いなく交魔法使いだろう」

 ライデンは険しい顔付きで、話を続ける。

「うちのエージェントが掻き集めた情報によれば、黒猫団の黒猫である可能性が高いそうだ」

「黒猫が……死んだ?」

 眩暈を覚えそうな程の衝撃を受けたナイルは、呆然とした表情でライデンを問い質す。

「本当なのか、それは?」

「現時点では、確実とは言い切れない情報だが……黒猫が死んだ前提で、行動を起こすべきだろう。既に二つ目の条件が揃っている八部衆の候補者を、保険もかけずに野放しには出来ない」

 八部衆の候補者にソウル・リンクを施した聖盗が、死んだかもしれないという事態の深刻さは、ナイルにも分かっている。

「それは……そうだな」

 同意の言葉を口にすると、ナイルは立ち上がる。ショックの余り惚けている場合ではない、即座に動き出さなければ、洒落にならない状況になりかねないのを理解していたナイルは、即座に対処を開始する。

「教え子の学生の名は、ティナヤ・ララル。うちの大学に問い合わせれば、住所その他の情報は手に入るだろう。すぐにでも身柄を押さえてくれ」

「分かった、すぐに手を打つ」

 立ち上がりつつ、ライデンはナイルに問いかける。

「お前は、どうするんだ?」

「ララル君にソウル・リンクを施して貰う聖盗を用意する為、天橋市に戻る。ソウル・リンクを使える技量があるが、使う相手がいない連中に何人か、心当たりがあるんでね」

「そうか、だったら聖盗が用意出来次第、土御門市つちみかどしの支局に連絡を取ってくれ」

「分かった」

 天橋市には情報局関連施設は無いので、少し離れた大都市である土御門市の情報局の支局で、ライデンはティナヤを保護するつもりなのだ。ナイルが聖盗を用意し、ティナヤにソウル・リンクを施し終えるまで。

 話し合いを続けながら、二人は部屋のドアから廊下に出ると、並んで歩き出す。ナイルは情報局の建物を出て港に向い、船で阿瓦隆を後にする予定であり、ライデンは執務室に向い、土御門市の支局にティナヤの身柄を押さえる様に指示を出すのだ。

 行き先は違えど、途中までは同じ廊下を行く二人は、小声での会話を続けている。

「――嫌な流れだな、妙に巡り合わせが悪い」

 ナイルは渋い表情で、呟き続ける。

「アナテマが薔薇滅に手を出していた情報を、あと数日早く手に入れられたら……黒猫がアナテマと八部衆がぶつかるタイミングで、ハノイを訪れていなかったら……防げた筈の状況だ」

 薔薇滅にアナテマが手を出した情報を、数日早く知れていたら、ナイルはティナヤが八部衆の候補者だと気付いて、香巴拉に関する情報を開示しなかっただろう。アナテマと八部衆が戦うタイミングで、黒猫……朝霞がハノイを訪れていなければ、ティナヤのソウル・リンクの状態に、ナイル達が不安を覚える事も無かった。

 ナイルの言う所の「流れ」とは、いわゆる運の流れだ。偶然の要素が自分達にとって都合が悪い方向に作用している様に、ナイルには思えたのである。

 過去に現役の聖盗や魔術師として、数多くの戦いを続けていた時期に、ナイルは何度も似た様な「嫌な流れ」を経験していた。運に見放されたかの様に、何をやっても裏目が続いてしまう状況を。

 そういう時に感じた「嫌な流れ」と同じ感じを、ナイルは今……覚えていた。僅かな油断や一つの失敗が、それだけでは終らずに、連鎖的に失敗を引き起こし、最悪の事態を引き起こしかねない、とても危険な状況にいる感覚。

 ライデンもナイル同様、そんな嫌な流れを感じていた。

「確かに、運がこちらに無い感じだ。気を付けろよ、こういう時には、割と簡単に人が死ぬ……」

「肝に銘じておくよ」

 階段とエレベーターがある所まで辿り着いたナイルは、ライデンの助言に言葉を返すと、軽く手を振ってから、急ぎ足で階段を下りて行く。エレベーターの到着を待つ時間が、勿体無いとばかりに。

 ナイルと分かれたライデンは、逆に階段を上がり始める。向う方向は違っても、エレベーターを待つ時間すら惜しむのは、ライデンもナイルと同じである。

 かって八部衆と戦った二人の男は、新たなる八部衆の復活を阻止すべく、動き始めたのだ。



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