死亡遊戯 09
(暗殺部隊の情報を八部衆が知ったのなら、その行動の跡を辿るのは、当たり前か……)
何故、そうナイルが考えるのかといえば、暗殺部隊が暗殺活動を行った辺りには、八部衆の候補者がいる可能性が高いからだ。暗殺に失敗していたのなら、暗殺部隊が狙った候補者が、成功していた場合でも、法輪の性質を考えれば、暗殺活動が行われた地域や近隣地域に、次の候補者がいる可能性が高い。
つまり、教え子の学生が八部衆の候補者だと考えれば、緊那羅が塗炭通りなどで見せた行動の意味が、はっきりするのだ。アナテマの暗殺部隊が、塗炭通りで候補者の暗殺を行ったかどうかの確認と、候補者と思われる人間……教え子の学生に関する情報収集を、緊那羅は行っていたのだと。
教え子が八部衆の候補者だという推測は、今は大学教授を本職とするナイルとしては、当たって欲しくは無い。だが、その推測は正しいと、ナイルの論理的な思考能力と、積み重ねた魔術師としての経験が、頭の中で判断を下していた。
ナイルの表情に苦悶の歪みが現れ、肌には嫌な汗が滲み出ている。推測が正しいとしたら、自分が洒落にならない失敗をしてしまった事になると、ナイルが思い至ったが故の表情である。
「どうした?」
明らかに異常な表情の変化を見せたナイルを見て、ライデンは訝しげに問いかける。
「――どうやら俺は、とんでもない失敗をやらかした様だ」
自責の念に苛まれながら、ナイルは搾り出す様に言葉を続ける。
「緊那羅が天橋市に出現した話をしたのを、覚えているか?」
「お前の教え子について、何か調べていたらしいって話の事なら」
「その教え子が一年近く前、正体不明の集団に襲われたという話も……した筈だ」
「ああ、覚えてるよ」
「もしも……もしもだ、その集団がアナテマの暗殺部隊だったとしたら?」
ナイルに問われ、ライデンはナイルの焦燥の意味を理解した。
「いや、それは無いだろう」
ライデンはナイルの問いを、あっさりと否定する。
「アナテマの暗殺部隊が、通りすがりの市中の魔術師連中になど、倒される訳が無い。体内に魔術機構を埋め込むなどの、禁術で武装した連中を揃えた部隊だったそうだからな」
ナイルはライデンに、天橋市に緊那羅が現れた事や、自分の教え子が襲われた事件について、緊那羅が調べていたかもしれない事などを、夜叉の情報などと共に話していた。だが、教え子の名前などの個人情報は伏せたし、正体不明の集団を退けたのが聖盗である事も、伏せていたのだ。
元の世界は違えども、ナイルは元聖盗であるだけでなく、紫水晶界からの聖盗達の協力者という、聖盗側のインサイダーでもある。様々な秘密を打ち明けてくれた聖盗達の情報は、相手が旧知の友人であるとはいえ、聖盗の仁義として明かすべきでは無いと判断した。
故に、ナイルはライデンには、教え子の学生を助けたのは、通りすがりの魔術師のグループだと、話していたのだ。一応、聖盗も大きな枠組みでは、魔術師に含まれるので、嘘というよりは、誤魔化しだと言えなくもないのだが。
済まなそうに頭を掻きながら、ナイルは自分が行った誤魔化しを打ち明ける。
「――いや、実は……その通りすがりの魔術師というのは、ただの魔術師ではなく、三人組の聖盗団だったんだ」
何故にナイルが、それを誤魔化したかについては、ナイルが聖盗側の人間であるのをライデンも熟知しているので、おおよそ察しがついた。アナテマが薔薇滅に手を出したのを知った段階で、誤魔化している場合ではないと考えを変えた事にも。
「聖盗なら、アナテマの暗殺部隊だろうが、倒せて当たり前か」
ナイルの教え子を襲ったのが、アナテマの暗殺部隊だった可能性があるという認識に、ライデンも傾く。同時に、教え子が八部衆の候補者になったらしいと気付いたナイルが、どれ程のショックを受けたのかを、ライデンは察する。
「助けられた恩を返す為だろう、俺の教え子は聖盗団の協力者になった。そして、つい先日……その聖盗団のリーダーと共に、俺の研究室を訪れたんだ。法輪について訊ねる為に」
「法輪を目にする機会があるレベルの、聖盗だった訳か」
ライデンの言葉に、ナイルは頷く。
「――そして、聖盗のリーダーに香巴拉と交魔法の情報を開示した際、協力者となっていた教え子にも、香巴拉の情報を開示したんだ」
後悔の滲み出る、らしくない弱々しげなナイルの言葉を聞いて、ライデンはようやく理解する。ナイルがやらかしたという、「とんでもない失敗」が何であるのかを。




