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天橋暮らし 09

 西空が柿の様な色合いに染まり始めている、夕方や夕暮れ時といえる時間帯に入りつつある頃合。

 旧市街の景色は、朝霞が訪れた時より、僅かに赤味を増している。


 朝霞の暮らす倉庫街同様、天橋市の中では古い建物である為、旧市街の集合住宅は煉瓦造りの物が多い。

 大抵は三階建て、素っ気無い直方体のデザインの建物が多数並ぶ姿は、ドミノ倒しのドミノの様。


 かっては聖地とされていた為に開発が進まなかった、「天橋」がある天橋地区の開発が解禁され、市の中心が新市街である天橋地区に移った為、結果として寂れてしまったのが、いわゆる旧市街である。

 ちなみに「天橋」とは、天に通じる橋という意味合いで、古来より「天橋」と呼ばれ、市の名前の由来ともなった、黒い円錐状の建物の事だ。


 寂れたとは言え、立ち並ぶ戸建て住宅や集合住宅が、ゴーストタウン化している訳では無い。

 裕福な住民は新しい市街地に移り住んだ為、比較的貧しい住民達が住む街にはなってしまったのだが、治安も悪くは無い。


 和光が旧市街に所有する集合住宅は、五棟。

 知る者は少ないが、百人を超える住民の殆どは、蒼玉界だけでなく、様々な世界から煙水晶界を訪れた、異世界人達である。


 その集合住宅の一つの出入り口から、朝霞が姿を現す。

 和光の屋敷を出た朝霞は、近くにある蕨が住んでいた集合住宅を訪れ、部屋の中で荷物の整理をしていたのだ。


 後はイダテンの修理が終われば、イダテンにトレーラーを接続し、荷物を積んで運び出した上で、掃除をすればいい。

 夕方まで一人で作業を続け、その段階まで朝霞は整理を終えたので、帰宅する事にしたのである。


 後日、運び出す予定の荷物の殆どは、黒猫団の倉庫で保管する。

 だが、その荷物の殆どは、朝霞達自身が使う訳では無い。


 聖盗仲間で必要とする者がいれば譲るし、最近は殆どいないのだが、新しく煙水晶界を訪れた新人の聖盗に、譲ってもいい。

 黒猫団の大きな倉庫には空きスペースが有るので、必要とする者が現れるまで、黒猫団の倉庫で預かっておくつもりで、朝霞は蕨の荷物を貰ったのだ。


 だが、現状朝霞達自身が不足している、煙水晶粒のストックは別で、自分達で使うつもりで貰っている。

 蕨がストックしていた煙水晶粒は、ポケットに入れて持ち出せそうな、コーヒー缶サイズのケースに入っていた為、今日このまま持ち帰る事にしたのである。


 故に、来る時に比べ、朝霞のツナギの右脇腹にあるポケットは、かなり膨らんでいる。

 コーヒー缶程の大きさがある、煙水晶粒が沢山入ったスチール製の容器が、ポケットの中に在るからだ。


 夕陽の中を朝霞が歩く度に、貯金箱を振った時の様に、缶はジャラジャラという音を立てる。

 中身は確認済みなのだが、音からも缶の中に、大量の煙水晶粒が入っているのは、察せられる。


(煙水晶粒……こんなに残ってたとはな、有り難い置き土産だ。これだけあれば、二度は仕事が出来る)


 朝霞の言う仕事とは、現金を得る為のではなく、聖盗としての活動の方だ。

 蒼玉粒も蕨に貰っているので、仕事に使う記憶結晶粒が溜まるのを待たず、聖盗としての活動に入れるのは、朝霞にとって有り難かった。


(――もう、俺達の事……流石に忘れてんだろうな。川神市に着いただろうし)


 記憶結晶粒を譲ってくれた蕨に感謝しつつ、朝霞は心の中で呟く。

 既に自分を忘れているだろう相手に思いを馳せたせいか、朝霞は僅かに切なさを覚える。


 風が吹き抜け、薄着のままの上半身から熱を奪う。朝霞は思わず、身を震わせる。


「夕方になると、まだ寒いのかねぇ?」


 腕を通さず、帯の様に腰に巻いていたツナギの袖を解き、朝霞は歩きながら、腕を袖に通す。

 ちゃんとツナギを着たので、風が吹いても寒くは無くなったのだが、その後……風が吹き続ける事は無く、袖を通したのは早まったかなと、朝霞は思う。


 後ろからエンジン音がしたので、振り返った朝霞の目に、チーズケーキの様な色合いのバスが映る。

 蒸気機関車の様に黒煙を上げながら、日本人の朝霞にとっては、かなりレトロなデザインに見えるバスが、走って来ているのだ。


 黒煙を撒き散らしながら、バスは朝霞を追い抜いて行く。

 無論、煙水晶で動く魔動エンジンを積んだバスの煙なので、臭いもしなければ煙くも無い。


「やばい、バス来ちまった!」


 朝霞はバスを追い掛け、あっさりと抜き去る。

 朝霞自身の足が速いせいもあるが、バス停に近付いたバスが、徐々にスピードを落とした方が、理由としては大きい。


 バスを追い抜いた朝霞は、日本の物と大差無いデザインのバス停に先に到着して、バスを待つ。

 無論、殆ど待つ必要は無く、すぐにバスはバス停に滑り込んで来て停車する。


 ガチャリという音を立てて、バスの中央部分にあるドアが開く。

 自動では無く、バスと同じ色合いの制服を着た、若い女性の車掌が、手で開けているのだ。


 十人程の客が降りるのを待ってから、朝霞はタラップを上りバスに乗り込むと、車掌に銀色に光る百煙硬貨を手渡し、代わりにレモンイエローの乗車券を受け取る。

 天橋市の各所を循環するバスは百煙均一料金で、天橋市中を巡れる。


 乗り込んだ客は、朝霞だけだが、仕事や学校帰りの乗客達で混んでいる車内には空席は無く、朝霞は吊革を掴んで、出入り口近くに立ったまま、窓の外を眺める。


 車掌がドアを閉めると、バスは一度だけ大きく揺れてから、発車する。

 窓の外の景色が、流れて行くスピードが、徐々に速くなっていく。


 朝霞には全体的に古臭く見える、煙水晶界の建物の中でも、一際古臭い旧市街の建物が、朱に染まる光景を眺める朝霞の頭に、以前……夕暮れ時の旧市街の景色を眺めた際、蕨た言った言葉が甦る。


「――絵になる景色だよな、古い日本映画のラストシーンとかに出て来そうな感じの」


 もう自分の事を忘れ、何時か自分も忘れ去るだろう友人の言葉を思い出し、朝霞は目頭が熱くなるのを感じる。

 夕陽に染まる景色は、人を感傷的にさせる。


 物思いに耽る朝霞を乗せ、バスは走る。もうもうと黒煙を吐き出しながら、天橋市の新市街に向かって……。


    ×    ×    ×





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