死亡遊戯 07
「――成る程、そんな物が存在するとはね」
滅魔煙陣に関する説明を聞いたライデンは、言葉を続ける。
「多数の人員を失ったアナテマが、戦力不足を埋め合わせる為に、崑崙の残党を引き入れたという情報があったが、その中に滅魔煙陣の使い手がいたという所か」
「それ……さっきも言っていたが、どういう事だ?」
ナイルは訝しげに、ライデンに問う。
「それ……とは?」
「アナテマが多数の人員を失ったという話だ。さっきも言っていただろ、『大きく人員を欠いた今のアナテマ』とか」
「ああ、その話か」
ライデンは気まずそうに目線を一度、ナイルから外す。多くの秘密を共有している、旧知の間柄であるが故、つい口が軽くなってしまったのを、今更自覚したという感じで。
その上で、目線を再びナイルに戻し、ライデンは訊ねる。
「国家機密級のスキャンダルになるので、漏らせばうちの暗殺者リストに名前が載るが、知りたいか?」
「物騒な話だが、聞いておこうか」
即答するナイルに、ライデンは肩を竦めてみせる。
「ま、お前を暗殺出来る様な凄腕が、うちの組織にいたのなら、俺の仕事も相当に楽になるんだがね」
そのレベルの暗殺者が情報局にいないのは、ライデンもナイルも分かっている。機密相当の情報となるので、知りたいのなら決して漏らすなという意味合いでの、言葉のやり取りだ。
「――アナテマの秘密主義は行き過ぎと言える程に徹底しているんで、うちでも掴んだのは最近な上、詳しい情報が入っている訳ではないんだが……」
機密相当の情報である、アナテマが大きく人員を減らした経緯に関する話を、ライデンは語り始める。
「三年程前の話なんだが、アナテマで大規模な内部抗争が起こり、最低でも二割……下手すれば半数に近い人員を、アナテマは失ったらしい」
ライデンの話を聞いて、ナイルは驚き目を見開く。
「二年前に内部抗争は終結したが、当時のアナテマを仕切っていた、序列一位の至高魔術師……ジョセファン・メロタグなど、複数の至高魔術師も殺害されたという話だ」
「それは……事実だとしたら、洒落にならないレベルの話じゃないか」
該当する時期の関連していそうな記憶が、そう呟いたナイル頭に甦る。
「あの頃、大規模魔術戦闘の戦場を隠蔽したと思われる痕跡が、世界のあちこちで見付かっていたが、あの中にはアナテマの内部抗争による物も、あったのかも知れないな」
「洒落にならないのは、内部抗争の原因の方だ」
吐き捨てる様な口調で、ライデンは言葉を続ける。
「幾ら香巴拉を相手にする為、超法規的な活動が認められているとはいえ、奴等は人道を踏み外し過ぎた」
「――何をやらかしたんだ、連中?」
「薔薇滅に手を出したのさ」
「薔薇滅だと? そんなバカな! アナテマの連中だって、薔薇滅に手を出すのは許されないのは、分かっている筈だ!」
驚きの余り、ナイルの語気は強まる。
「分かっているからこそ、新規に開発された別の魔術に偽装して、密かに薔薇滅を使っていたらしい」
「偽装? どうやって?」
「詳しくは分かっていないが、薔薇滅を習得させた人間から、その能力を別の魔術師に移す方法を、ジョセファンは見つけ出したそうだ」
情報局が得ている情報の範囲で、ライデンはナイルへの説明を続ける。
「その上で薔薇滅を使った事は隠し、薔薇滅無しに、同等の能力を持つ魔術師を作り出せる新魔術を開発したと、アナテマ内部でアピールし、ジョセファンはアナテマでの主導権を握った。だが、アナテマ内部での他の派閥に、薔薇滅の使用を勘付かれ……」
「内部抗争に至った訳だな」
ナイルの言葉に、ライデンは頷く。
「二年前にバズ・スクリューボールが率いる派閥が、ジョセファンの派閥に勝利し、薔薇滅に手を出した連中の殆どは殲滅された。まぁ、薔薇滅に手を出した連中を、自分達で始末する程度の自浄能力は、発揮されたという訳だ」
「成る程、そういう流れで……アナテマは多数の人員を失ったのか」
「アナテマも結構な数の魔術師が死んだが、因果応報という奴だろう。薔薇滅を多用した為に、少なくとも数千人もの浮浪者や孤児が、犠牲になったらしいからな」
薔薇滅に手を出したのはジョセファンン率いる穏健派であり、バズ率いる主戦派は、それを止めた側である。それでも数年に渡り、同じ組織内における薔薇滅の使用に気付けず、罪無き大量の犠牲者を出した点について、ライデンはバズ達が免責されるとは思っていない。
穏健派の実態を見抜けず、その暴走を許してしまった、穏健派以外のアナテマの者達にも、大きな犠牲を生み出した責任の一端があると、ライデンは認識していた。
「あの変人の派閥が勝ったという事は、今のアナテマは奴が仕切っているのか?」
ナイルの問いに、ライデンは頷く。あの変人とは、バズの事だ。
「一応、中立的だった派閥の若手の至高魔術師を、表向きには代表に立ててはいるが、実質的にはバズの意志が方向性を決める組織だと看做して、間違いは無いだろう」
「意外だな、奴はボス猿になりたがるタイプでは、なかったと思うがね」
昔のバズを思い出しつつ、ナイルは顎を右手で弄る。
「――老いれば人は、変わるものさ。俺達も奴も、そんな歳だ」
鋭いばかりだったライデンの目にも、やや懐かしげな色が宿る。




