死亡遊戯 05
コバルト色のキャンバスに、エバーグリーンの十字が描かれている。欧大州に所属する英倫州の西側、大海原に浮かぶ島を空から見下ろせば、そんな風な景色を描いた、絵の様に見えるだろう。
面積は百五十平方キロメートル、蒼玉界の日本の島に例えるなら、沖縄の石垣島と同等であり、島としてなら小さい部類では無い。だが、その島が果たす機能に比べると、誰の目にも十字型の島は、小さ過ぎる様に見える。
島の果たす機能とは、エリシオン政府首都。そして、島の名は阿瓦隆島、エリシオンが統一される以前は、アヴァロンと呼ばれていたと伝えられている。
アヴァロンは封印戦争時、連合軍の本拠地であっった。島の地下に巨大な空洞があり、香巴拉に発見され辛い天然の要害として、利用されていたのだ。
封印戦争が終った後、連合軍は煙水晶界を統一する新国家、エリシオンを建国した。煙水晶界で最も汎用性が高い為に使用者が多く、封印戦争において最大の犠牲者を出した魔術流派の名を、国家の名として推す人々が多かった為である。
統一国家エリシオンは、連合軍の本拠地であったアヴァロンを、そのまま首都とする事を決めた。島の名がアヴァロンから阿瓦隆に変わったのは、エリシオン統一言語が開発され、普及したせいだ。
エリシオン建国後に使用され始めた統一暦でいえば、五十年程迄の間に、多数の国の言語を混交して作られた統一言語が、エリシオン中に普及した。その統一言語に応じて、多くの地名が変更され、アヴァロンも地名が阿瓦隆に変更されたのだ(東方表意文字を表意文字としてだけでなく、表音文字の様にも扱い、本来の地名の響きを残すのが、基本仕様となっている)。
多くの政府機関は地下空洞に作られている為、首都であるにも関わらず、地上建造物は多くは無い。殆どが森や草原などに覆われた、緑美しい島となっている。
山の麓や湾岸の平地辺りに、巨大建築物が幾つか確認出来る。いずれも、灰色の石造りに見える、直径が百メートルを超えるドーム状の建築物であり、その殆どが封印戦争当時には、既に存在していた。
超高度な魔術的強化処理が施された石材を使用して、完全なる球体を作り出し、その半分を地中に埋めるという、特徴的な建築様式……アヴァロン様式で、全ての地上建造物は作られている。それらの建物の殆どは、特定の神に縛られず、あらゆる宗教の宗派や魔術流派の神を奉る、球体の神殿という意味合いから、万神球殿と呼ばれる神殿なのだ。
封印戦争の頃は、大規模な儀式魔術の発動に使用される、軍事的な施設であったらしい。だが、今では政府の儀式や祭事に使用される以外は、観光用の施設として民間人に開放されている程に、平和的に使用されている。
地下空洞は四層に分かれ、最上層といえる第四層は、空に相当する部分が自然の天蓋に覆われている以外は、普通の街と変わらない。政府機関で働く人々や、その家族が住んでいる住宅街があり、人々が暮らす為に必要な商業施設や、観光客の為の歓楽街までもが存在する。
第三層から第二層までは政府機関に使用されていて、民間人の許可無き出入りは不可能。元々、地下に存在したアヴァロン様式の万神球殿の周囲に、その時々における最新の建築技術で作られた建物が建てられたり、建て替えられたりし続けているので、統一性に欠けたモザイクの様な街並になっている。
政府機関の建物が立ち並ぶ第二層には、比較的最新といえる、巨大なスプレー缶の様なデザインの建物がある。屋根の部分にだけアヴァロン様式を取り入れ、円筒状のビルの上に、ドームを被せた感じのデザインとなった為、スプレー缶に似てしまったのだ。
そんなスプレー缶と揶揄される、十階建てのビルの七階に、来客用の宿泊部屋がある。第四層にあるホテルとは違い、簡素で実用的な設えの部屋の中には、褐色の肌が印象的な、カーキ色のスーツ姿の男がいた。
床の上には銀色のスーツケースが、何時でも持ち出せる様に置かれている。男が部屋を後にする準備が、既に整っているのだ。
「――そろそろ出るか」
腕時計と壁にかけられた部屋の時計を見比べ、現在時刻を確認した男は、スーツケースの取っ手に左手を伸ばす。だが、ノックを荒々しく叩く音がしたので、その手を止める。
「ナイル、まだ部屋にいるのか?」
ドアの向こうから響いて来るのは、焦った感じの男の声。
「ライデンか? 鍵なら開いている」
部屋の中にいた男……大利根ナイルが言い終わらぬ内に、ドアが勢い良く開く。
「間に合って良かった、悪い知らせだ!」
部屋の中に飛び込んで来た、ブラウンのスーツ姿の男が、ナイルに声をかける。歳や背丈はナイルと変わらないが、身体は細身で頭は禿げ上がっている。
頬骨が張り鷲鼻で、スーツと同じ色の眼光は鋭く、全体的に濃い印象の男の名は、ライデン・ヴァルカン。エリシオン政府情報局において、分析部の部長を務める男であり、天橋市を発ったナイルが会いに来た相手だ。




