表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
275/344

死亡遊戯 03

 写真からは黒猫……つまり朝霞の透破猫之神だと確定するのは、親しい人間以外には難しい。だが、記事を書いた記者が黒猫だと判断したのは、前日にハノイで黒猫らしき聖盗が、騒ぎを起こしたせいだった。

 朝霞と飛鴻達が騒ぎを起こした際、仮面者となって逃れた朝霞の姿を、ハノイ住民の一部が目にしていた。無論、はっきりと透破猫之神……黒猫だと、住民達は視認した訳ではない。

 だが、黒猫は現代の聖盗の中では、最も名が知れた部類であり、黒装束を身にまとう身軽な仮面者といえば、真っ先に名前が出て来る存在。故に、その黒い仮面者は、黒猫なのではないかという噂が流れた。

 その噂と結び付けられ、タンロン荒野で撮影された黒い仮面者を、新聞社は黒猫である可能性が高いと、報道したのである。噂も報道も、事実を言い当てていた訳だ。

 写真を撮影したのは、他の街への取材からの帰りに、偶然にもタンロン荒野を自動車で走っていた、地元紙の取材班だった。撮影出来たのは、華麗が金剛杵を使用して以降。

 華麗の金剛杵が引き起こした大爆発や、タイソンの金剛杵の発動後……空に出現した黄天城の姿、黄天城が光線を放った場面や、滅魔煙陣に覆われたハノイの光景など、これまで報道された事が無いレベルの、大規模な魔術が使用された写真が、新聞の紙面を飾っていた。更に、戦闘シーンでは無い為、写真としては地味ではあるが、三人の八部衆の姿までもが撮影され、掲載されていたのだ。

 ただし、黄天城の光線の写真は光が強過ぎたのか、写真の写りは酷い物で、何が起こっているのかすら、良く分からないレベル。八部衆の三人の姿も、青と緑と黄色の服を身に纏った、三人の人影が確認出来る程度であり、個人の識別などは出来る訳が無い代物。

 まともに撮影されているのは、空に浮かぶ巨大な黄色い雲丹の如き黄天城と、空を飛ぶ黒い仮面者……朝霞が写っている写真と、巨大な煙のドームに覆われた、ハノイの写真くらいといえる。無論、それでも大スクープ写真である事に、間違いは無い。

 写真は不明瞭な物が多かったのだが、カメラマンと同行していた記者が書いた記事が、写真では良く分からない、朝霞とタイソンの戦いの結末を文章で語っていた。無論、あくまで記者やカメラマンが目にした範囲での事実を元に、記者が推測を加えて書いた記事であり、誤認や見逃しがあるのは否めないのだが。

 記事が伝える朝霞とタイソンの戦いの結末は、黄天城が出現して以降。巨大な黄色い球体が放つ、強力な破壊光線の一斉射撃を、初撃こそなんとか回避したが、二撃目を回避し切れず、黒い仮面者の姿は消滅したという流れであった。

 光線が眩し過ぎた為、姿が消え去った瞬間自体は、記者達にも正確には視認出来ていなかった。だが光線の直撃を受けて、黒い仮面者が身体ごと消滅させられた様にしか、記者とカメラマンには見えなかったので、黒猫らしき黒い仮面者は敗死はいししたと、記者は記事に書いたのだ。

 そんな黒猫……朝霞の死を伝える新聞記事を読み、神流はショックの余り全身から力が抜け、その場に崩れ落ちそうになるが、近くの壁に手を突いて身体を支え、何とか堪える。大きな精神的なダメージのせいで、呼吸が乱れ始めるが、武術の修行で覚えた呼吸法で、呼吸の乱れを自力で整え始める。

 呼吸が整っていくのに比例して、神流の精神の乱れも収まり始める。身体と精神はリンクしているので、精神が乱れれば身体の機能も乱れるが、身体の機能を正せば、精神の方も乱れが正されるのだ……無論、ある程度ではあるのだが。

(――落ち着け、これはあくまで魔術戦闘の素人が、遠距離から見た印象で書いた記事だ。きっと色々な事を、見逃している筈)

 魔術戦闘の知識や経験がある魔術師ですら、魔術戦闘では肝心な事を見逃し、欺かれてしまいがち。まして魔術戦闘の素人である新聞記者となれば、色々と見逃してしまっているのは当たり前。

 記事中にある魔術の解説から、記者が魔術戦闘に詳しく無いのは、聖盗であるだけでなく、魔術師でもある神流の目には明らか。魔術戦闘の素人と思われる記者が、色々と見逃した上で、朝霞が死んだと結論付けたと神流が考えるのは、間違いでは無い。

(負けたのは事実だとしても、あいつは逃げる事に関しちゃ相当なもんだし、敵を欺くのも上手い。やられた振りをして敵をやり過ごすくらいの真似は、これまでだって何度もあっただろ) 

 神流は自分に言い聞かせる様に、心の中で独白を続ける。

(あいつは絶対に生き延びてる! 仲間のあたしが、そう信じないでどうする?)

 心の中で膨れ上がりそうになる不安を、神流は強固な意志の力で抑え込みつつ、新聞を読むのを止めて折り畳むと、ジャケットのポケットに乱暴に突っ込む。

(――とにかく、今はやれるだけの事をやっておかないと! 不明確な情報に踊らされたり、うろたえてる場合じゃない!)

 自分を鼓舞しながら、ホテルに戻るべく歩き出した直後、神流の腹が間抜けに鳴る。精神的な緊張が緩んだせいで、空腹を覚えていたのを身体が思い出したかの様に。

(そうだ……腹が減ってたんだ。とりあえず、何か食べるか)

 何をするにしても腹ごしらえだと言わんばかりに、やや脂っこい鶏出汁とりだしの匂いを漂わせて来た屋台の方に、神流は歩み寄って行く。「鶏粥チャオガー」と東方表意文字で書かれた看板を掲げた、文字通り越南州風の鶏粥の屋台だ。

 神流は屋台の主人に鶏粥を注文して受け取ると、屋台周りの路肩にいる、他の客達に混ざりながら、鶏粥を立ち食いし始める。初めて食べる鶏粥の、日本の粥とは違う癖の強い味に、神流は舌鼓を打つ。

「美味いな……朝霞が見付かったら、ハノイを発つ前に一緒に食べに来よう」

 朝霞が無事だという前提の言葉を、神流は呟く。気を抜くと心の中で膨れ上がりそうになる、朝霞が死んだのかもしれないという不安を抑え付ける為、朝霞が無事であるという自分の考えを強めようと、口にした独白だ。

 最も大事だと思っている人間が生死不明の現状、神流が不安を完全には拭い去れないのは当たり前。強い精神で抑え付けるのがせいぜいであり、気を抜けば何時でも不安は神流の心を、さいなみ始める。

 抱え込んでしまった、大きな不安の種を意識しつつ、神流は鶏粥で空腹を満たし続ける。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ