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昇龍擾乱 92

 八部衆が、香巴拉の浮遊大陸を開放するという目的を果たす為には、まずハデスの兜の隠蔽能力を破り、無常流転門を守る七天守護聖の姿を、露にしなければならない。ハデスの兜を破壊すれば、その超高度な隠蔽能力は破られる。

 故に、復活を遂げた八部衆は、ハデスの兜を探し続けてきたのだ……その破壊を目論んで。しかしオルフェウスⅦの死後、ハデスの使徒達はハデスの兜を、決して見付からないと思われる場所に隠した為、ハデスの兜は発見される事は無かった。

 だが、ハデスの兜を探し出せずとも、天が復活すれば優曇華法が発動し、ハデスの兜の隠蔽能力は破られるのだ。帰命法を使える唯一の八部衆であるが故、最後に復活する事を宿命付けられ、その復活と共にハデスの兜が破られ、七天守護聖の姿を露にしてしまう存在であるが故に、天は八部衆の中でも一際、特別な存在と言える。

 他にも、八部衆の法輪に安全の為に仕掛けられているリミッターを解除し、八部衆自身の命を危険に晒す可能性が高いものの、その能力を引き上げる能力までも、天は持っている。飛鴻の「天が復活して、八部衆が力を増してからでは」と言う言葉には、八部衆の数が増える事による戦力強化という意味だけでなく、八部衆それぞれの戦闘能力が上がる意味も、含まれているのだ。

 封印戦争後における、史上最多数の八部衆の復活を許している可能性が高い現状、八人全員が揃っていないと、飛鴻達が認識しているのは、まだ七天守護聖が世界の何処にも姿を現していないが故。ちなみに、優曇華法が発動する際、天が復活した場所の空には、天の復活を祝うが如く、巨大な光の華を咲かせるらしい事が、古文書などの研究により、明らかになっている。

「――車が来ました。タンロン鉱山跡の後始末要員を残し、撤退準備に入ります」

 ハノイの方から土煙を上げて、二十台の大型トラックと十台のバスが走って来ているのに気付いた、ジェームズの言葉だ。

「私は摩睺羅伽が金剛杵を使った跡を、一応調べておきたいのでね、撤退準備の方は君に任せるよ、ジャンバラヤ君」

「ジャンバラヤではありません、ジェームズです! 何なんですか、ジャンバラヤって?」

 ジェームズの問いかけを無視して、バズは杖をつきながら、巨大なクレーターと化している、華麗が金剛杵を使った際の爆心地に向かって、歩き去って行く。無論、ジェームズの声は聞こえているのだが、無視した上で。

 近くにいたアパッチの一体が、バズを運ぼうと申し出るが、爆心地は近いから無用だと、バズは断る。

「何なんだよ、ジャンバラヤって?」

 意味の分からない言葉が気になったジェームズは、アパッチの中で呟いてから、あちらこちらで待機している、レッドバロン隊の面々に指示を出す。

「活動限界が近い者、手を上げろ!」

 半分程のアパッチ達が、手を上げる。行動不能な程のダメージを負ってはおらずとも、装備している記憶結晶が尽き掛けていたり、装備者本人の精神や体力的な限界を迎えている場合、そのアパッチは活動限界に近い状態にあると言えるのだ。

「――本番は、アパッチの記憶結晶粒の搭載量を増やすべきか。バックアップが任務とはいえ、今回どころの消耗では無いだろうし」

 アパッチ達の数を大雑把に数えて、ジェームズは感想を漏らす。

「手を上げた者達はアパッチを脱いで、バスが着き次第、乗り込んで待機! 残りは……百番以降は車が着き次第、アパッチや荷物の積み込み作業を開始! 三十番迄は念の為、バズ様の護衛を! 三十一番から九十九番までは私と共に、タンロン鉱山跡の後始末だ!」

 後始末とは、要はアナテマが活動した証拠の隠滅である。秘密裏に活動するのが基本なので、アナテマが暗躍した証拠は消さなければならないのだ。

 ちなみに、薬幇の者達の殆どは、自分達がアナテマに協力していた事自体を、知らされてはいない。殆どの薬幇の者達は、あくまで大規模なブラックマーケットを開催すると思い込んで、働いていただけなので。

 飛鴻と繋がりがある、信頼のおける幹部達と、その直轄の部下達だけには、情報を絶対に漏洩しない条件の下、真実が知らされていた。元々、薬幇は飛鴻に借りがある上、死神と呼ばれる飛鴻を裏切り、情報を漏らしたとしたら、どうなるかが分からない程には愚かではないので、真実を知る者達が漏らす事も有り得ない。

「ポワカ様は、回復も完全ではありませんし、車の方でお休み下さい」

「いや、空塵ヤリスを集める。大きな術の使用後は、集め易い」

 ポワカはジェームズの申し出を断り、右手で空を指差す。

「あと、様はいらない」

 そう言い残すと、ポワカは空を指差していた右手を広げ、辺りを歩き回り始める。広げた右掌を、探知機のアンテナの様に使い、空を漂う空塵を探し始めたのだ。

 ポワカの言う空塵とは、言葉通りに空を漂う塵の様な微小物質なので、視覚に頼っても探せはしない。マニトゥを極めた者だけが、空塵の濃度が濃い空間を感じ取れるのである。

「俺はハノイに戻らせて貰う、妖風の様子も気になるしな」

 飛鴻もポワカに続いて、ジェームズに今後の自分の行動を伝える。

「ハノイでの後処理が終わり次第、妖風と共にヴルガータに向う」

「分かりました、バズ様に伝えておきます」

「あ、それと……ジャンバラヤは亜米利加州の、肉と野菜を鍋にぶち込んで作る、米料理の名前だ。結構イケるぞ」

 そう言い残すと、飛鴻は忽然と姿を消してしまう。目にも留まらぬ速さで、飛鴻が走り去った為、残されたジェームズの周囲の空気が、突風でも吹きぬけたかの様に乱れる。

「――料理の名前だったのか、ジャンバラヤ」

 疑問が一つ解決したジェームズは、嬉しそうな表情を浮かべつつ、アパッチの中で呟く。そして、周りに集まって来た、三十一番から九十九番の数字を持つ中で、活動可能なアパッチ達に指示を出す。

「これよりタンロン鉱山跡に移動する!」

 そう言い放つと、ジェームズはバズ達がいるクレーターより右側に見える、巨大な穴に向かって移動を始める。余り離れてはいないので、空を飛ばずにアパッチの脚力を利用し、一跳びで十数メートルの跳躍を繰り返しつつ。

 ジェームズ達が去った直後、大型トラックとバスの一団が到着。外装が頑強な装甲板に差し替えられ、事実上の兵員輸送車と化している赤いバスに、アパッチを脱いで待っていた者達が、次々と乗り込み始める。

 地面に置かれた空っぽのアパッチを、まだ中に人が入っているアパッチ達が、トラックの荷台に積み込み始めた。アパッチの修理や調整が可能な、整備工場を兼ねている荷台の中に。

 タンロン荒野は、既に普段の静けさを取り戻しているのだが、無数の穴や亀裂などの、大規模魔術戦闘が残した傷跡は消えず、元のたいらかな荒野の姿を取り戻せはしない。そんな荒れ果てたタンロン荒野の各所で、アナテマの面々は夫々(それぞれ)、戦いの後始末を開始した。

 こうして、当代のアナテマと八部衆が引き起こした、初めての大規模戦闘は、静かに幕を下ろしたのだ。このタンロン荒野を舞台とした戦いは、後の世に昇龍擾乱タンロン・マエニウムと呼ばれ、アナテマと八部衆の戦いにおける初戦として、扱われる事となる……。




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