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昇龍擾乱 88

 戦いに負けて逃げ去った風を装い、工作員を中に潜ませた巨大な木馬を、特洛伊の敵は戦場に放置した。特洛伊は敵の策に乗せられ、巨大な木馬を戦利品として城塞都市に持ち込んだのだが、木馬が巨大過ぎた為に、城壁の門を破壊する羽目になった。

 しかも、夜になって木馬から出て来た工作員により、敵兵を城塞都市に招き入れられるなどの工作を行われた。勝ったと思い込み油断して騙され、敵の工作員が隠れた木馬を招き入れた結果、門を破壊され敵兵の侵入を許し、特洛伊は滅ぼされてしまったのだ。

 この神話や伝承のエピソードから、敵を欺き陥れる罠を、敵に気付かれぬ様に敵陣に送り込む策を、特洛伊の木馬と呼ぶ様になった。要は、罠を仕掛けた膨大な数の完全記憶結晶を、八部衆に奪わせる事が、今回の作戦における主目的だったのである。

「まぁ、ポワカの仕掛けが、上手く働いてくれたらの話だがね」

 そう言いながら、バズはポワカに目をやる。

「問題無い、仕掛けは完璧」

 自信有り気な口調で、ポワカは言い切る。

「作戦の主目的である木馬の送り込みには成功、シーシュポスの岩とアパッチの実戦テストも成功となると、残りは戦力分析だが……」

 ストローハットのひさしを弄りつつ、飛鴻はバズとポワカに語りかける。当代の八部衆が、どの程の戦力を揃えているかを調べる事も、今回の作戦において「ついで」に果たされる目的の一つだったのだ。

「八部衆が一度に三人も姿を現すのは、今回が初めてだったな。しかも、夜叉に至っては……出現確認自体が初めてだろう」

 飛鴻の言葉にポワカは頷いて同意を示し、バズは口を開く。

「――あくまで表向きは……だ。記憶警察の記憶結晶保管施設などが襲撃された、一連の事件の中には、一件だけ夜叉と思われるものがあったという情報が、不確かながら入って来ている」

「不確かって……仲が悪いのは相変わらずか」

 やや呆れ気味に、飛鴻は呟く。アナテマと記憶警察は、同じエリシオン政府の組織であるのだが、仲が良いどころか反目状態にある。

 ただの人間を魔力の原料程度にしか思わない、香巴拉という魔術流派の脅威に対する為、ある程度までなら法律を破る特権を与えられているアナテマは、過去に幾度となく暴走し、国法どころか人命を軽視するトラブルを起こしている。ミイラ捕りがミイラに、悪魔狩りが悪魔になったと揶揄される場合もあり、エリシオン政府内でも批判的な立場の者達や組織が多い。

 完全記憶結晶を狙う八部衆とは、アナテマだけでなく記憶警察も相対するケースが多いのだが、記憶警察はあくまでも、国法と人命を尊重する組織。故にアナテマとは仲が良いとは言えない状態で、情報のやり取りもスムーズでは無い。

 アナテマ自体が徹底した秘密主義を貫いている組織である為、情報を流す代わりに受け取るという、いわゆるバーターがやり辛いせいでもある。記憶警察の施設の一つを夜叉が襲撃したという情報も、記憶警察に潜ませたアナテマの諜報員が、記憶警察内での噂話として得た情報をアナテマに報告したもので、不確かなレベルの情報という扱いだ。

 もっとも、その噂は事実であった。夜叉……タイソン自体は、一度どころか何度も様々な設備に侵入し、完全記憶結晶を奪っていたので。

 それにも関わらず、最近まで八部衆の夜叉の復活が気付かれなかったのは、襲撃の際にタイソンが、基本的には香巴拉の魔術を使わなかったからだ。香巴拉の魔術だけでなく仙術に通じ、武術の技量も高いタイソンは、武闘派風の外見からは想像し辛いが、朝霞と同様に潜入工作を得意としている。

 タイソンが様々な施設に潜入して、完全記憶結晶を盗み出す場合は大抵、戦うにしても武術や仙術だけで事が足りていたのだ。香巴拉の魔術を使わなかったが故に、香巴拉を知るレベルの者が施設にいても、夜叉だと気付かれなかったのだ。

 つい最近、香巴拉としての魔術を使って、朝霞達に知られたり、アナテマにも不確かなレベルであれ、情報が流れる羽目になったのは、施設を訪れていた聖盗団のせいである。いくらタイソンであれ、記憶警察の部隊に加え、仮面者となった三人の聖盗を相手にするとなれば、香巴拉の魔術に頼るしかなかったのである。

「摩睺羅伽は前から派手にやらかしていたし、他に存在が確認されているのは、緊那羅に乾闥婆ガンダルヴァと……合計四人。今回の襲撃には三人が送り込まれて来たが、たった一人だけ残して、お宝だらけの筈のアジトを、離れるもんかねぇ?」

 飛鴻の言葉は問いかけであるが、「離れる訳が無い」という意味を込めている。その意味はバズにもポワカにも、空気状態になってるジェームズにも伝わる。

「つまり、既に五人以上が復活しているという事か。過去最多の四人を超えたな」

 バズの言葉に、ポワカとジェームズは頷くが、飛鴻は頷かずに口を開く。

「幾ら今回の罠が、大量の完全記憶結晶を餌にしたとはいえ、連中が既に集めた分よりは少ない筈だし、それ以上に今の所は使い物にならない、連中の切札もアジトにある筈」

 ストローハットのひさしを弄りながら、飛鴻は言葉を続ける。考え事をする時の、癖に近い動きなのだ。

「そんな状態で、半分以上の戦力を此処に回したと、俺には思えないんだがね。五人以上というのは、甘過ぎる見積もりだ」

「――六人以上という事か」

 バズの言葉に、飛鴻は頷く。

「ま、最悪七人を前提にしておいた方が、良いんじゃないかね。アナテマが身内で潰し合ってる間に、連中は地道に仲間の数を、増やし続けて来たんだろうさ」

 飛鴻の言葉を聞いて、バズとポワカ……そしてジェームズは気まずそうに目線を交す。アナテマでは新参者の飛鴻とは違い、身内での潰し合いに関して、身に覚えがあったせいだ。


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