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昇龍擾乱 86

 シーシュポスとは、欧大州の古い神話に出て来る、タナトスという死神を騙して死を免れたとされる人物の名である。後に何度も神を騙した事に対する神罰を与えられ、罰として岩を山頂まで運ぶよう神に命じられるのだが、山頂付近で神に邪魔され、岩を麓まで転げ落とされる嫌がらせを受ける羽目になった。

 何度も岩を山頂まで運ぼうとしては邪魔される……という罰が繰り返される内に、シーシュポスは岩に潰され死んでしまった……といった感じで、シーシュポスに関する大抵の神話は終る。ところが、一部の古い文献などに出て来る、ある意味オリジナルに近い神話においては、その結末が異なっている。

 神はシーシュポスが岩に潰されたと思い込んでしまったのだが、実はシーシュポスは岩に潰された様に偽装して神を欺き、密かに細工していた岩の中に姿を隠していたのだ。神を欺いた罰を受けている最中に、再び神を欺いて死を偽装して神罰を逃れ、その後も末永く幸せに暮らしました……という形で、一部のシーシュポスの神話は終っているのである。

 この神話に出て来る、シーシュポスが死を偽装する為に使った岩こそが、シーシュポスの岩。このシーシュポスの岩は、古代の魔術を駆使して作られた物で、神話という形で伝えられてはいるが、実在するのではないかと主張する、神話や歴史の研究者や魔術師が、欧大州の一部に存在した。

 その魔術師の一人が他ならぬバズであり、アナテマの組織を利用して調査を行い、シーシュポスの岩と思われる物を、十年程前に発見していたのだ。ただし、保存状態は良くはなく、まともに動作しない程度に破損している、残骸同然の状態で。

 シーシュポスの岩の解析と研究を進めた結果、その機能の復活にバズは成功。本来はミルム・アンティクウス級の存在であり、魔術式の存在は確認出来ず、記憶結晶も不要な存在であるシーシュポスの岩を、バズは現代の魔術と記憶結晶を駆使して、破損した部分の機能を代替し、全体の機能を復活させたのだ。

 現代魔術の力を借りて復活した、言わば準ミルム・アンティクウスとでも言うべき存在となったシーシュポスの岩は、二つの特異な能力を持つ。その一つが致死的なダメージを受けそうになった場合に発動し、使用者を岩の結界で守り、亜空間に退避させる能力である。

 もう一つの能力が、発動時に周囲に存在した自らの敵に対し、完全に死を偽装する能力だ。シーシュポスの岩を使用した者の敵は、亜空間に退避して使用者が生き長らえている事には絶対に気付かず、使用者を殺したと思い込んでしまう。

 この偽装能力は完璧であり、例えシーシュポスの岩の存在を知り、使用者が装備している事まで知っていても、完全に騙されてしまう。少なくともシーシュポスの岩の発動から丸一日は、疑う事すら出来ず騙され続けるのである。

 つまり、このシーシュポスの岩を装備していれば、事実上戦闘で死ぬ確率は殆ど無いと言って良い。だが、一つしかないシーシュポスの岩で守れるのは一人だけな上、一度使用したシーシュポスの岩は、数ヶ月の間は使い物にならないという制限がある。

 それでは香巴拉相手の戦闘に、余り役立たないのが現実。故に、バズは更に研究を進め、シーシュポスの岩を複製するのに成功したのだ。

 ただし、完全な複製とは言い難く、有り体に言えば劣化コピーであり、幾つかの点で本物のシーシュポスには劣る。本物の場合は自動で瞬時に発動する為、使用者が気付いていない奇襲にすら対応出来るし、自力で亜空間から帰還する事が出来る。

 だが、複製版は自ら発動しなければならない為、奇襲には対応出来ない。本物と違い自力での亜空間からの復帰が不可能なので、発動から数時間以内に、通常空間から空間の穴を通じてサルベージされなければ、使用者は亜空間を漂流し続ける羽目になる。

 しかも、本物のシーシュポスの岩は、魔術的素養が無い人間でも使えたのだが、複製版のシーシュポスの岩は、超高度な魔術的能力が無ければ制御出来ないピーキーな代物。事実上、至高魔術師級の魔術師だけしか使えない上、至高魔術師ですらサルベージを担当する、多数のバックアップ要員が必須となるのだ。

 現時点で最新といえる、アナテマの対八部衆戦闘部隊編成は、このシーシュポスの存在が前提となっている。シーシュポスの岩を装備する至高魔術師のみが、八部衆相手の前線に立ち、新型の装備が満載された、最新型のホプライトであるアパッチ百体以上で構成される部隊が、その遠距離支援攻撃やサルベージ、治療などを担当するという形で。

 今回、タンロン鉱山跡を舞台として、アナテマが仕掛けた作戦の目的の一つが、このシーシュポスの岩とアパッチの、実戦テストであった。特にシーシュポスの岩の方は、八部衆相手の苛烈な戦闘中に、至高魔術師であれ実際に使用出来る物なのかどうか、開発の中心人物であったバズですら確信が無かった為、今回の作戦で「ついでに」テストしたのである。


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