昇龍擾乱 83
多数の光線が、小さな岩に向かって殺到する。光線自体の光は余り強くは無いのだが、標的である岩の辺りは多数の光が集まり、眩い程の光を放つ状態となる。
百五十条の光線が、岩を捉えたのを視認したジェームズは、命令を発する。
「牽引方向は北、サルベージ開始！」
すると、まるで投網を浜辺で引く漁師や、大きな船を牽引するタグボートの様に、地上や空中にいる百五十体のアパッチが、牽引光線砲と化したリボルベルを握り締めたまま、一斉に北に向かって移動を開始、岩を牽引し始める。
牽引光線とは、照射対象を牽引する為に使う、特殊な光線である。通常の鎖やロープなどでは強度上の問題や、環境上の問題から、牽引が難しい物を牽引する際に使われる。
亜空間錨の光鎖と微妙に似ているのは、
牽引光線が光鎖を元に開発された物だからだ。光鎖の性能を著しく落としてはいるが、同時に危険性を極限まで減らし、光鎖を操れる程の高度な魔術的技量が無くとも扱える様にしたのが、牽引光線なのである。
現在、アパッチ達は空間の歪みに残っていた小さな穴を利用し、亜空間に存在する物体を引きずり出そうとしている最中。小さな空間の穴を強引に広げる際、ロープや金属製の鎖などでは耐え切れないレベルの衝撃などが、穴の周囲に発生する為、牽引光線を使用するのだ。
アパッチ達が牽引光線を引き続けるにつれ、次第に光の中に収まり切らぬ程に、牽引される岩が大きくなっていく様に見える。だが実際は、岩が大きくなっている訳では無い。
ジェームズが手にしていた小さな岩と、亜空間内にある大きな岩が、空間の穴を通して融合……一体化した状態で、穴を広げながら引きずり出されているのだ。こちらの世界に引きずり出され、見える部分が増えている為、大きくなっていく様に見えるのである。
穴が強引に広げられた影響により、激しい衝撃波と空間の歪みが発生。穴の周囲はアパッチですら容易に破壊してしまえる程に、危険な空間となっているので、アパッチ達は距離をとって牽引作業を行う。
アパッチ達に牽引され続けた岩は、数分をかけて亜空間から引き摺りだされ、その完全な姿を現す。直径にして五メートル程の大きさがある、多数の突起がある球体であり、どことなく金平糖を思わせる形状。
ジェームズが手にしていた岩の破片は、突起の一つの先端部分。全体の色は形状程に個性的ではなく、岩としてはありがちなアッシュグレー。
ジェームズは広大な海の如き亜空間から、サルベージ……引き上げると表現しているが、こちらの世界の空中に引き摺りだされた岩は、重力に引かれて落下を開始。
「落すなよ！ 静かに下ろせ！」
鋭い声で、ジェームズはアパッチ達に指示を出す。
「壊れる様なヤワな代物でなくとも、何かが切っ掛けでトラブルを起こしかねない、不安定な試作品だ！」
空中で牽引していた五十体程のアパッチ達が、翼から放出する光の粒子群の勢いと量を増す。アパッチ達は一気に、エルモービルの出力を上げたのだ。
結果、重力に引かれて落下を始めた岩は、アパッチ達に上向きに牽引され、落下速度を殺がれつつ、ゆっくり地上に下ろされた。ジェームズの指示通り、静かに下ろすのに成功したのである。
アパッチ達のエルモービルの出力から見て、岩は明らかに見た目より重い。ただの岩なら、出力を上げずとも五十体ものアパッチがかりなら、静かに下ろせただろうから。
「牽引光線、停止！」
ジェームズは指示を出しつつ、地上に下ろされた岩に向かって歩み寄って行く。アパッチ達がリボルベルの引き金から指を外し、牽引光線が陽炎の様に揺らめきながら消滅する中、岩の前に辿りついたジェームズのアパッチの右手には、歩きながら胸部装甲の内側から取り出した、リボルベルが握られている。
シリンダーを一瞥し、使用すべきカートリッジがセットされているのを確認した上で、ジェームズはリボルベルの撃鉄を親指だけで下げる。蒸気音に似た音を発しながら、リボルベルのシリンダーの隙間から、牽引光線の時どころでは無い大量の煙が噴出し、ジェームズと岩の姿を覆い隠してしまう。
煙が風に流され、空気に溶けて姿を消してから、姿を現したジェームズのアパッチは、リボルベルの銃口を岩に向け、引き金を引く。銃口から放たれた灰色の光のシャワーが、岩に向かって降り注ぐ。
光を浴びた岩の表面に、無数の魔術式が現れるが、光のシャワーが消え失せると共に、魔術式の半分以上が消え去ってしまう。
「解除弾、足りるんだろうな？」
上がった撃鉄を下ろし、リボルベルから大量の煙を放出させつつ、次のカートリッジに魔力を充填したジェームズは、再び煙が消え去るのを待ってから、引き金を引く。光のシャワーが放射され、再び魔術式が岩の表面に現れるが、今度も魔術式の一部が消え去り、魔術式は完成には至らない。
ジェームズはアパッチの中で舌打ちをしつつ、三つ目のカートリッジに魔力を充填し、リボルベルの引き金を引く。そして、三つ目のカートリッジ……三発目の解除弾で放った光のシャワーにより、ようやく岩の表面の魔術式は消え去らずに完成し、発動に至る。
