昇龍擾乱 81
「琥珀玉がそんな状態では、仮に私と華麗の金剛杵で、あの滅魔煙陣とかいう奴を崩せたとしても、三人揃って金剛杵が使えない状態になってしまう訳ですし……」
貧相な姿となった琥珀玉を、麗華は一瞥。
「貴方に金剛杵を使わせた黒猫より、圧倒的に強いという、その……まともじゃない奴を相手にするのは、リスクが高過ぎますね」
一呼吸置いて、麗華は言葉を続ける。
「ここはタイソンの言う通り、無理にハノイに攻め込まずに、退くべきでしょう」
麗華の言葉に頷いてから、華麗が口を開く。
「蒼玉と紅玉を取り逃がしたのは拙かったけど、どっちも必要な数は既に足りてる訳だし、ここで無理する必要は無いよね、考えて見れば」
「蒼玉と紅玉を取り逃がした? ハノイに持ち込まれたのは蒼玉だけの筈だが?」
タイソンに問いかけられた麗華は、タイソンを挟んで反対側にいる華麗と、気まずそうに顔を見合わせてから、問いに答える。
「――それが、戦いが終った後に宝珠を回収しようとしたんだけど、どういう訳だか紅玉が入った容器が、見付からなくて……」
「見付からない?」
訝しげな表情で、タイソンは華麗の方を向いて詰問する。
「お前、まさか……アナテマの連中ごと、紅玉を金剛杵で吹っ飛ばしたんじゃないだろうな?」
「ないない! それは無いって!」
華麗は狼狽しつつ、タイソンへの弁明を続ける。
「金剛杵を使う前に、影響を受けそうな範囲にある宝珠は、全部麗華が掻き集めて、虚空泡沫の中に仕舞って保護したから!」
タイソンは再び麗華の方を向いて、問いかける。
「事実か?」
麗華は頷く。
「その時点で、既に紅玉が入った容器の姿は有りませんでした。地上で戦いが始まった時には、確か同じ場所に放置されていた筈なのに」
容器とは、星牢の事。星牢という名称を知らないので、単に容器と麗華は表現したのだ。
「――戦闘中のドサクサに紛れて、紅玉だけ持ち去った奴等がいるんだよ。紅玉だけ選んでいる辺り、たぶん紅玉界の聖盗連中だと思うけど」
華麗は口惜しげに、言葉を吐き捨てる。
「漁夫の利を得た連中がいる訳か。油断ならない連中がいたものだな」
八部衆とアナテマの至高魔術師の戦闘中の隙を突いて、大量の紅玉を盗み出すのに成功した聖盗の存在を知り、タイソンは驚き呆れつつも感嘆する。連中と表現しているのは、流石に個人ではなく聖盗団が行っただろうと考えたが故。
「ま、回収し損なったのは、既に数が足りている蒼玉と紅玉だけ。数が足りない宝珠は、かなりの数を回収出来た訳だし、今回は……これで良しとするか」
タイソンの言葉に、麗華と華麗が頷く。蒼玉を追って逃したのはタイソン、紅玉を戦闘中に持ち去られたのは麗華と華麗なので、どちらも互いをどうこう言える立場では無い。
「いっその事、蒼玉と紅玉は、最初から無かったって事にしちゃわない?」
華麗の提案に、麗華も同意する。
「どんな宝珠があったのかは、私達以外は知らないから、ばれる訳もないしね」
この場合の私達というのは、八部衆の事だ。
「――その辺りの事は、帰りながら決めるとしようか」
タイソンは煙に覆われたハノイを一瞥してから、言葉を続ける。
「ハノイには戻れないし、とりあえずハノイ以外の近くの街まで飛ぼう」
残りが僅かとなっている琥珀玉に、タイソンは右手で触れる。琥珀玉は光を放ち始めて、荼枳尼法を発動。タイソンの身体は土煙を舞い上げながら、上昇気流に吹き上げられる様に、宙に舞う。
「周りは迷惑なんだから、荼枳尼法は止めてよ! 別に急ぐ訳でも無いんだし!」
顔に吹きかかる土煙を両手で避けつつ、華麗はタイソンに文句をつける。麗華も声には出さないが、同様に土煙を避けつつ顔を顰めている。
「あ、済まんな! 美翼鳥法は黒猫に奪われたまま、魔術式が使えんので、まともな速さで長距離飛べるのが、荼枳尼法しか残っとらんのだ!」
タイソンの弁明を聞きつつ、麗華と華麗も完全記憶結晶に手を触れ、美翼鳥法を発動。麗華は緑色の、華麗は青い光の翼に見える光を発生させる。
美翼鳥法の光の翼は乗矯術と同様、小さな分離型の翼から、光の粒子群を放射する形で、大きな翼が形作られる様に見えるのだ。荼枳尼法とは違って、余り土煙を舞い上げたりもしない。
三人はとりあえず、百メートル程の高度まで舞い上がってから、一時停止する。
「近くの街って、どこまで飛ぶんです?」
荼枳尼法が引き起こす風に、髪を乱されるのが嫌なので、やや間合いを開いた状態で、麗華は声を張り上げタイソンに問いかける。
「城舗太原だ、北に向かって飛ぶぞ!」
そう答えると、タイソンは北に向かって飛び始める。魔力の残量が少ないのと、美翼鳥法を使っている他の二人がついて来れる様に、荼枳尼法にしてはスピードを抑え気味に。
城舗太原の位置を知らない麗華と華麗も、タイソンの後を追い、北に向かって飛び始める。タイソンを先頭に、三角の編隊を組む感じで。
破壊の跡だらけになったタンロン荒野と、煙に覆い尽くされたハノイを後にして、程無く三人の八部衆の姿は、北の空に消え去ってしまう。




