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天橋暮らし 07

「使って良いのは、星が五つのだけだからね」


 ティナヤの指示に、目録を手に取った神流と幸手は頷く。

 ティナヤの言う星とは、目録に記されている、ミルム・アンティクウスの安全性指標であり、星の数で五段階に分けられている。


 星が多いミルム・アンティクウス程、確度の高い情報が揃っていて、安全性が確認されている事になる。

 星が五つのミルム・アンティクウスは、使用してもトラブルを引起す可能性は、余り高く無い。


 逆に星が少ない物は、情報が余り手に入っていなかったり、情報は手に入っているが、扱いが難しかったりする為、使用したらトラブルを引起す可能性が高いのだ。

 比較的安全な部類の、朝霞が以前……訳あって使用した、星が四つのミルム・アンティクウスですら、うっかり禁則事項を破ってしまったせいで、深刻なトラブルを引起した事があったりするのだ。


 故に、今回の用途に使えそうであっても、星が五つの物以外は使用不可だと、ティナヤは念を押したのだった。

 神流や幸手も、朝霞が経験したトラブルについて覚えているので、その指示には素直に頷いたのである。


 目録のページをめくり、三人は目的に合致した機能が有り、尚且つ星が五つのミルム・アンティクウスを探す。

 取り留めの無い雑談を交わしつつ、三十分ほど目録を読み続けた頃、幸手がティナヤに声をかける。


「これ、どうかな? 使えそうな機能だし、星も五つだし……」


 ページを開いたまま、幸手は手にしていた目録を、ティナヤに手渡す。


「魂の羅針盤か……」


 ティナヤは受け取った目録の、解説記事に目を通し始める。

 染みだらけの枡形の木箱に収納された、掌に収まりそうな程の大きさの、一見すると懐中時計に見えなくも無い羅針盤の写真が、そのページには掲載されていた。


 真鍮製と思われる色合いのボディの上には、簡素な羅針図の円盤があり、その中央にある軸には針が載っている。

 羅針図や針の上には、ガラスのカバーが被さっている。


 ガラスのカバーは開閉式の蓋の様になっていて、カバーを開けて中の針を取り出している写真も載っている。


「――えーっと、魂の羅針盤は……針の本針の先端に、最後に触れた者の魂の在り処を示す羅針盤。その者が生きているなら、その者の魂と肉体が在る場所を、その者が死せる時は、魂が最後に在った場所を、この羅針盤の本針は示し続ける……」


 魂の羅針盤の解説文を、ティナヤは音読する。

 ちなみに本針とは、普通の羅針盤であれば、北側を示す側の針の事である(方位磁針なら、赤くなっている方の針)。


「居場所が分からないのは残念だけど、方向が分かれば探しに行けるし、それでいいんじゃないか?」


 神流の言葉に頷いてから、幸手も言葉を続ける。


「危険性も無いし、取り扱いも簡単みたいだし、いいと思うよ……私も」


「じゃあ、魂の羅針盤で決まりかな」


 ティナヤは目録を閉じつつ、続ける。


「昼食の片付け終わったら、買い物のついでに魂の羅針盤、ダグザまで取りに言ってくる」


 ダグザとは、ダグザの大釜と呼ばれるミルム・アンティクウスの事だ。

 遠い昔……ダグザという神様が、食糧倉庫として使っていたと伝えられている巨大な大釜で、外見上は小さな家程の大きさがある。


 だが、神話では無限の収納能力があると伝えられているダグザの大釜は、神話通りとはいかないが、見た目を遙かに上回る、倉庫十棟分程の収容能力がある。

 しかも、朝霞であっても破れぬ、今現在は使われていない古代の魔術による防御が為されているので、所有者であるティナヤ以外が入るのは、事実上不可能といえる、鉄壁の金庫の様な物なのだ。


 このダグザの大釜に、ティナヤはララル・コレクションを保管している。

 ミルム・アンティクウスで、ミルム・アンティクウスを守っている訳である。


 ダグザの大釜自体は、生前の両親と共に暮らしていた天橋市郊外の屋敷に、置いてあるのだ。

 ちなみに、大釜のまま置いておくのは、見た目が間抜けなので、倉庫風の外装で偽装してある為、今現在は倉庫の様にしか見えない。


「屋敷まで行くなら、車出すんだよね?」


 幸手の問いに、ティナヤは頷く。


「だったら、私と神流っちも乗せてって! 買い物行かなきゃならないんだけど、車でないと荷物運ぶの大変だから」


「別にいいけど……イダテンは駄目なの?」


 ティナヤの言うイダテンとは、黒猫達の愛用する黒い軽自動車の車種だ。

 イダテンはエリシオン中で見かける小型車で、目立たないのが聖盗の活動には都合が良い為、黒猫達は愛用している。


 値段が安い代わりに性能は微妙な車種なのだが、幸手が魔術により徹底的なチューンを施しているので、見た目は市販車のままだが、性能は遙かに高性能。

 水上移動能力など、様々な機能も追加されているのだ。


「那威州から戻って来る途中で、一応は応急処置したんだけど、弾痕とかはそのままなんだ。幾らなんでも商店街の駐車場に、銃弾の痕だらけの車は、停めておけないでしょ」


「それは……確かに」


 そう言葉を返しつつ、ティナヤは神流から目録を受け取り、手元にあった二冊の目録と重ねる。

 そして、三冊の目録を手にして、ティナヤは立ち上がる。


「これ……部屋に戻して来るついでに、バッグ取って来る」


 ティナヤはダイニングキッチンを出て、自分の部屋に向かう。


「――皿でも洗っとこうか」


 そう言いながら、神流はテーブルの上の皿やグラスを集めると、シンクに運んで洗い始める。

 その傍らで、神流が洗い終えた皿やグラスを、幸手は布巾で拭く。


 途中で、キャラメルの様な色合いのトートバックを提げて戻って来たティナヤは、トートバッグを自分の椅子の上に置く。

 幸手が拭き終えた皿やグラスを、ティナヤはどんどん棚に仕舞っていく。


 程無く昼食の片付けは終わり、神流と幸手はバッグを取りに、自分の部屋に戻る。

 神流は黒いショルダーバッグを手にして、幸手はオリーブ色のミリタリー風のシャツをタンクトップの上に着て、カーキ色のリュックを背負い、それぞれティナヤが待つ玄関に姿を現す。


「じゃ、行きましょ」


 身支度を整え終えた三人は、扉を開けて玄関を出る。

 玄関の外は建物の外になっていて、煉瓦と同じ色で塗装してある、鋼鉄製の螺旋階段で道まで降りる様になっている。


「帽子、被って来れば良かった」


 螺旋階段を下りた神流は、降り注ぐ陽光の中、眩しげに目を細めつつ呟く。

 その程度に、初夏の昼間の陽射しは強い。


 強い陽射しを避けたいとばかりに、倉庫に隣接している煉瓦造りのガレージに、三人は早足で向かう。

 黒猫団のイダテンは、倉庫自体をガレージとして利用しているのだが、ティナヤの車はガレージの方に置いてあるのだ。


 シャッターを開けると、ティナヤはシャッターの鍵を神流に預け、ガレージの中に入る。

 そして、ティナヤは自分の車の運転席に乗り込む。


 ティナヤの車は、流線型が印象的な白いセダンタイプの車……キュグヌス。

 煙水晶界の車は、機能的にもデザイン的にも、蒼玉界でいえば二十世紀前半の物と同等。


 故に、ティナヤに続いてガレージに入った幸手には、キュグヌスはレトロな車に見えてしまう。

 無論、黒猫団のイダテンも、その意味では同じなのだが。


 幸手が後部座席の左側に乗り込むと、ティナヤはキーを挿し込んで、魔動エンジンをかける。

 魔動エンジンが唸りを上げて車体を揺らし、後部にある排気口から、黒煙が噴き出し始める。


 アクセルを軽く踏み込んで、ティナヤはキュグヌスを徐行させ始める。

 暗いガレージの中から明るい外に出してから、ティナヤはキュグヌスを一時停止する。


 車に乗り込まずにいた神流は、シャッターを下ろして鍵をかける。

 そして、神流はキュグヌスに歩み寄り、後部座席に乗り込む。


 神流が乗り込んだ直後、キュグヌスは一時停止を解いて走り出す。

 黒煙を吐き出しながら、陽光に煌めく白いキュグヌスは、倉庫街の道を走り去って行く。


    ×    ×    ×



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