昇龍擾乱 79
破壊し尽くされた荒野の、巨大なクレーター状の爆心地付近。多数の穴だけでなく、吹き飛ばされた土砂や岩石により、盛り上がっている場所も多く、平たかった荒野は凹凸が激し過ぎる状態になっている。
吹き抜ける風に土煙が舞い上げられ、棚引く様に流されて行く。そんな景色の中に、三人の人影がいる。
巨大な穴の周囲のハノイに近い側、比較的小さな穴との間に立っている三人の青年は、ハノイの方向を眺めている。
「――冗談でしょ、あんな煙みたいなので、金剛杵を防げるとか?」
遥か遠く地平線の辺りに見える、地上に降りた雨雲の如き、ハノイを守る滅魔煙陣の防御結界を指差しつつ、右端にいる華麗が中央にいるタイソンに問いかける。
「冗談ではない。過去の摩睺羅伽は戦った事が無いのかもしれないが、過去の夜叉は滅魔煙陣の使い手と戦った事があり、その際金剛杵を防がれているし……」
滅魔煙陣を遠目で見つつ、タイソンは言葉を続ける。
「俺も夜叉になる前に、滅魔煙陣が黄天城の総攻撃を防ぎ切る場面を、目にした事がある。あれは現状、消耗していない状態の八部衆が、複数でかからなければ崩せない」
タイソンは自分と華麗、そして左端にいる麗華という順に、胸の完全記憶結晶を指差す。
「俺達の中で、まともに金剛杵を使えるのは麗華だけ。華麗も多少は使えるかもしれないが、それでは滅魔煙陣を崩すには足りないだろう」
自分が知っている知識の範囲で、現時点での自分達の残存戦力により、滅魔煙陣を展開するハノイを攻め込んだらどうなるかを分析し、タイソンは麗華と華麗に語る。
「仮に崩せたとしても、金剛杵を使い切った状態の俺達では、宝珠を回収するどころか、ハノイで待ち構えている敵に倒されるだけだ」
タイソンの言う宝珠とは、神流と幸手がハノイに持ち込んだ蒼玉の事である。
「馬鹿言わないでよ! そりゃハノイの中にも、アナテマの連中が待ち構えているのかもしれないけど、金剛杵が使えなくても、僕等が倒される訳が無いじゃないか!」
強い口調で、華麗はタイソンに食って掛かる。
「アナテマの連中相手に、金剛杵を使ったお前が、それを言うか?」
呆れ顔で問いかけるタイソンに、華麗は少し気まずそうに言葉を返す。
「金剛杵を使った方が楽だから、さっきは使ったんだ! あの程度の連中、別に金剛杵を使わなくても倒せてたよ!」
「――ハノイで待ち構えている相手が、お前等が戦ったレベルの奴なら、金剛杵無しの俺達でも倒せるかもしれない。だが、恐らく……ハノイで待ち構えているのは、そんな生易しいレベルの奴じゃない」
「何か心当たりでも?」
麗華の問いに、タイソンは頷く。
「滅魔煙陣の使い手と、行動を共にしている可能性が高い奴の中に、一人……まともじゃない程の強さの奴がいる」
自分の惨めな程に小さくなった琥珀玉を、タイソンは指差す。
「正直、琥珀玉が完全な状態でない限り、俺は奴に勝てるとは言い切れない。滅魔煙陣を崩せたとしても、消耗した俺達では、奴には勝てないだろう」
タイソンの話を聞いた華麗は、馬鹿らしいとばかりに大笑いした上で口を開く。
「冗談言わないでよ! そんな奴がいるなら、そいつの方が黒猫なんかよりも、よっぽど香巴拉にとって危険な存在じゃないか!」
華麗は大仰なジェスチャーで、呆れた素振りを見せつつ、言葉を続ける。
「何故……黒猫狩りよりも、そいつを狩る方を優先しなかったんだい?」
「奴は行方知れずだったからな、狩り様が無かったというのもあるが、そもそも奴と黒猫とでは、危険性の質が違う」
考えをまとめる為、ここで一呼吸置いてから、タイソンは再び口を開く。
「強さという意味なら、奴は圧倒的に黒猫より強いが、香巴拉にとって最も危険な存在という意味なら、それは矢張り黒猫の方だ」
タイソンの返事に納得が行かないとばかりに、華麗は問いかける。
「金剛杵を使わせた以上、黒猫が弱いとは言わないけどね、琥珀玉が半減した状態で倒せた訳だろ? 所詮はその程度の相手だった黒猫が、どうして最も危険なのさ?」
「奴の能力……奪う蒼は魔術式を奪い、与える黒は奪った魔術式を自在に与える事が出来る。与える際、魔術式の上に魔術式で上書きを行い、どちらの魔術式も異常動作状態に追い込める、どちらも性質の悪い能力だ」
「知ってるよ、そんな事くらい。でも、たかが魔術式を幾つかを奪われたくらいで、僕等がどうこうなる訳ないじゃないか。法輪には自動修復機能だってあるんだし」
「その通り、俺も戦闘中に金剛念珠の魔術式を奪われたが、それだけで俺達が倒される様な事にはならない」
胸元の琥珀玉の法輪を指差しつつ、タイソンは言葉を続ける。
「だが、もし奪う蒼が法輪ごと奪う力を持ち、俺達が法輪を奪う蒼に奪われたとしたら、俺達はどうなるね?」
タイソンの問いに、麗華と華麗は驚きの表情を浮かべたまま、答を返さない。返さずとも、その答は分かり切っているからだ。
八部衆は法輪を奪われると、確実に死ぬ。「死ぬ」というのが、その分かり切った答である。




