昇龍擾乱 78
映し出された三人は、黄色い華武服姿の精悍な青年と、蒼玉界におけるチャイナドレス風の、四華州の民族服……旗袍の下に、同じ色の細身のパンツを穿いている、同じ顔をした二人の青年。双子だろう同じ顔の青年は共に長髪であり、着衣が緑の青年はポニーテール、青の方はストレートにしている。
開いた胸元から完全記憶結晶を露にしているので、この三人が八部衆であるのは明らか。もっとも、完全とは言っても華武服の青年の琥珀玉と、琥珀玉程でないにしろ、青い旗袍の青年の瑠璃玉も、かなり小さくなってはいたのだが。
飛鴻と妖風の目は、緊那羅と摩睺羅伽など存在しないかの様に、夜叉……タイソンを睨み付ける。僅かな驚きに加え、怒りや侮蔑などの、様々な感情が入り混じった複雑な表情を、飛鴻と妖風は浮かべる。
「貴方の予想通り、生きていやがりましたね、あの裏切り者は。しかも、八部衆の夜叉となって」
妖風は不快そうに顔を顰めつつ、言葉を吐き捨てる。
「――出来れば外れて欲しい予想だったんだが、そういう予想程、良く当たるもんさ」
タンロン鉱山跡を襲撃した八部衆の中に、夜叉がいるという情報を得た時点で、飛鴻と妖風は、それがタイソンである可能性を考慮に入れていた。実際に、夜叉となったタイソンを目にするのは、二人共初めてなのだが。
吐き捨てる様な口調で、妖風は飛鴻に問いかける。
「どんな気分です、あの裏切り者を殺し損なった、死神の立場としては?」
飛鴻は苦々しげに顔を顰めつつ、冷静に三人の八部衆の状態を素早く視認する。それぞれの完全記憶結晶の消耗具合から、どの程度の魔力が残されているかを、確認したのだ。
三人の大雑把な残存戦闘力を推測し終えた後、飛鴻の目線が夜叉……タイソンの顔に移動。その上で、飛鴻は妖風の問いに答える。
「――余り仕事熱心な性分じゃないが、仕損じた仕事を放っておくのは、寝覚めが悪い。ハノイから出た上で、この場できっちり仕損じた仕事を、終わらせておくかね?」
何時も通りの、気楽さを装った飛鴻の軽口。だが、その目に宿る光は冷たく鋭く、ただの軽口とは受け取り難い雰囲気を漂わせている。
「馬鹿言わないで下さい! さっき、『殺すに相応しい舞台ってもんがある』って言ったの、貴方でしょう! 復活した八部衆の人数が確定していない以上、現時点で奴等を殺す訳には……」
飛鴻の目の変化に気付いた妖風は、やや強い口調で制止の言葉を口にする。普段通りの軽口では無い可能性を、妖風は察したのだ。
「冗談だよ、冗談! 本気にするなって!」
普段通りの目に戻った飛鴻は、肩を竦めて気楽な口調で言葉を続ける。
「幾ら二人は消耗しているからといって、俺でも八部衆三人を独りで相手するのは、キツイしな」
「なら、良いんですが」
妖風は微妙に訝し気な目で飛鴻を見てから、天眼に映る三人の八部衆に目線を移す。
「蒼玉、ハノイに持ち込まれましたが、奴等……どう出ますかね?」
滅魔煙陣の発動直前、蒼玉の星牢をトレーラーに積んだ黒い車が、ハノイに逃げ込んだ光景を思い出しつつ、妖風は飛鴻に問いかける。
「滅魔煙陣の存在を知らなければ、あれだけ消耗した状態でも、魔力を温存出来ている緊那羅を核に、攻め込んでくる可能性が高いだろうが、知ってる奴がいるからな」
天眼に映し出されているタイソンを睨みながら、飛鴻は続ける。
「この場は退くだろう」
「――でしょうね。まぁ、攻め込まれた所で、金剛杵をまともに使えそうな八部衆が一人だけなら、守り通せる自信は有りますけど」
絶対防御能力が通じない金剛杵の攻撃であっても、金剛杵を放つ八部衆が一人だけなら、十二枚全ての防御結界を展開した、絶大な防御能力を持つ滅魔煙陣であれば耐え切れる。その事には、過去の記録や実験から、妖風は自信を持っている。
ただし、この場に完全記憶結晶を僅かの間に換装してしまう、唯一の八部衆がいるのなら、話は別となる。摩睺羅伽と夜叉が消耗した完全記憶結晶を、消耗していない物と換装し、金剛杵を完全な状態で使える様になってしまうので。
だが、その八部衆はこの場にはいないし、現時点で復活が確認されていない。故に、妖風は滅魔煙陣を崩されはしないと考えているので、ハノイを守り通せる自信が有るのだ。
「ま、とりあえずは……連中の出方を待とうじゃないの。連中も何か、話し合ってるみたいだし」
天眼を見上げながらの飛鴻の言葉に、妖風は頷く。天眼の中で口を動かし、話し合っている感じに見える三人の八部衆の姿を、飛鴻と妖風は観察し続ける。
飛鴻は気楽そうにに帽子を弄りながら、妖風は滅魔煙陣と天眼を維持する為、精神を集中した真剣な表情で……。




