昇龍擾乱 74
地平線の向こう側で発生したにも関わらず、タンロン鉱山跡の辺りで発生した爆発は、ハノイからでも視認出来た。小さな街ごと吹き飛ばせそうな、その凄まじい爆発の規模だけでなく、閃光や爆炎が青い事から、まともな爆発でないのは誰の目にも分かる。
閃光などが視認出来た数秒後、大気を震わす程の爆音までもが、ハノイに届く。タンロン荒野に面した、ハノイ南西部の住民達は、桁外れの大爆発を目にして、騒然となっていた。
タイソンがハノイを覆い始めた、雲の如き何かを目にした時から、時間は僅かに遡り、タンロン鉱山跡で大爆発が起こった頃合。飛鴻と妖風の二人も、ハノイ南西部の住民達同様、爆発を視認していた。
二人がいるのは、ハノイ南西部の端……周囲の建物に水を供給する為、周囲の建物より高くなっている、古びた金属製の給水塔の上。タンロン鉱山跡辺りや荒野の様子を、三十メートル程の高さがある給水塔の上に立ち、二人は監視していたのだ。
二人の服装は昨日と見た目が似ているが、微妙に異なっている。飛鴻のスーツが昨日の物より、ゆったりした感じのデザインになっていたりと。
「――どうやら摩睺羅伽が、金剛杵を使った様です」
白い華武服姿の妖風は、爆発の青い光を目にして、金剛杵の使用者が摩睺羅伽であると判断した。左隣にいる飛鴻に、妖風は問いかける。
「金剛杵が使用される段階に至った以上、ハノイもやばいですね。そろそろ滅魔煙陣を展開しますか?」
吹き抜ける風に飛ばされぬ様に、ストローハットを左手で抑えながら、飛鴻は右斜め下方向に見える、土煙を立てながらハノイに向かって走って来る、自動車の群に目をやる。その自動車の群を指差しつつ、飛鴻は問いに答える。
「あと少しだけ待て。まだタンロンから避難して来た連中が、ハノイに逃げ込み終わっていない」
飛鴻が指差した自動車の群に、妖風も目をやる。既にハノイの中に逃げ込んでいる車もあるが、十数台の自動車がハノイの手前を走っている最中だ。
「連中が逃げ込み終えるのを待ったら、滅魔煙陣の展開前に、ハノイが金剛杵の攻撃を受ける恐れがあるのでは?」
妖風の問いに、飛鴻は首を横に振る。
「滅魔煙陣は、黄天城が姿を現し始めてからでも間に合う」
ハノイに逃げ込む自動車達と、タンロン荒野の様子を交互に見て確認しつつ、飛鴻は言葉を続ける。
「タンロンからの連絡だと、罠にかかったのは摩睺羅伽に緊那羅……それと夜叉の三人。この中で遠距離からハノイを吹っ飛ばせるのは、夜叉の金剛杵……黄天城だけだからな」
「――つまり、黄天城が出現し始める迄、ハノイが金剛杵による攻撃を受ける事は無いので、それまで避難して来る連中がハノイに入るのを待てと?」
妖風の問いに、飛鴻は頷く。
「最初の二層を瞬時に展開出来る滅魔煙陣なら、黄天城の出現開始を視認してから、黄天城が初撃を開始する迄に、ハノイの防御が間に合うだろう」
過去に目にした黄天城の姿を思い出しながら、飛鴻は言葉を続ける。
「巨大な黄天城は、姿を現し始めてから完成し……初撃を放つまでに、滅魔煙陣の初動二層展開以上の時間がかかる筈だし」
「摩睺羅伽や緊那羅がハノイに被害を出し得る距離まで近付いて、金剛杵を使おうとしたら?」
「使う前に、俺が潰すさ」
事も無げに、飛鴻は言い切る。
「まぁ、貴方なら羽化すれば、出来るんでしょうけど、それだと計画に支障をきたす可能性が」
「安心しとけ、金剛杵を潰すだけ……殺しはしねぇよ」
飛鴻はおどけた様に、肩を竦めてみせる。
「殺した方が良い連中だろうが、殺すに相応しい舞台ってもんがある。その舞台は、此処じゃない」
「何処が、その舞台になるんですかね?」
「さぁな、後でジジイに訊けよ、そいつを調べるのは奴の仕事だ。まぁ……今頃、摩睺羅伽の金剛杵にやられて、死んでるかも知れんがね」
「――実験で九割以上成功する段階まで、持って行った上での実戦投入ですから、負けたとしても二人共無事でしょう……たぶん」
そこまで話した時点で、妖風はいきなり何かに気付いたかの様に顔を顰めると、強い口調で飛鴻に抗議する。
「正すの忘れてましたが、滅魔煙陣ではなく、滅魔煙陣ですからッ!」
妖風の抗議を聞き流しつつ、飛鴻はタンロン荒野からハノイ南西部に入る事が出来る、出入口となっているゲートの辺りの様子を確認する。




