昇龍擾乱 73
超高速で飛来する五百条の黄色い光線は、あっという間に朝霞がいる辺りに辿り着いて地表を直撃、土砂岩石を吹き飛ばしながら大爆発を起こす。光線の光と爆発の光が辺りを黄色く染め上げ、耳を劈く程の爆音が、荒野に響き渡る。
タンロン鉱山跡で発生した大爆発と、ほぼ同程度の規模の爆発が、朝霞がいた辺りで発生したのだ。光線の光なのか、それとも爆発の光なのか、そのどちらかは分からないが、爆発が発生した辺りの低空を飛んでいた朝霞の姿は、黄色い光に飲み込まれる様に、掻き消されてしまう。
放たれた黄殲洪流は熱線ではなく、特に属性を与えられた訳ではない、超高速で粒子群をぶつけて破壊するタイプの光線だった為、凄まじい規模ではあったのだが、爆発自体は長続きはせず、光と轟音は程無く収まる。爆煙は爆炎による煙ではなく、吹き飛ばされた土砂によるものだったので、爆風や荒野を吹き抜ける風に流されて、爆発した辺りから消え失せる。
煙の殆どが風に流された為、五百条もの黄殲洪流による集中砲火を浴び、大爆発を起こした爆心地が、姿を現し始める。光線の攻撃範囲を遥かに超える、直径が三百メートル以上、深さにして五十メートル程の巨大な穴と、穴から周囲に向けて、砕かれた地盤なのだろう、広範囲に大量の岩石群が飛び散っている光景が、露になる。
まだ仄かに土煙が舞い上がり、風にたなびいているせいもあり、その光景は噴火が収まった活火山の様。巨大な穴は火口の様に、周囲に飛び散った岩石群は、火山弾として飛び散った後、冷え固まった溶岩の塊に見える。
巨大な穴自体は大爆発により穿たれたものだが、その巨大な穴の中にも多数の穴が、穿たれていた。多数の黄殲洪流の直撃により、爆発前に穿たれた穴などが、大爆発によっても完全には塞がらず、残っているのだ。
攻撃範囲となった場所だけでなく、その周囲に至る広範囲まで、まさに小さな街程の広さの荒野が、破壊し尽くされたといった感じの惨状。命有る者は誰一人、この破壊の跡に残されていないのは確実といえる、凄惨なる光景。
その破壊の跡に、破壊の張本人であるタイソン操る黄天城が、飛来する。防御力と攻撃力に特化している為、余り飛行速度は速くない為、爆煙が流れ去った後に、爆心地の上に辿り着いたのだ。
「――飛び去る姿も、走り去る姿も確認出来ず、奴の姿は光に飲み込まれた」
黄天城から破壊の跡を見下ろしつつ、タイソンは独白を続ける。
「奴の防御能力では、黄殲洪流に耐え切れる訳が無い。今度こそ、仕留めたと考えていいだろう」
朝霞を仕留めたのを確信したタイソンは、自分の胸を見る。琥珀玉から法輪の端が顔を出す程度に、琥珀玉は消耗していた。
金剛杵にセットされていた小宝珠は、黄天城を作り出す魔力燃料として使い切られた。その後の黄天城の稼動には、タイソンの胸の琥珀玉から供給された魔力が使用されていたので、千臂殲撃を二射するのに使用した膨大な魔力により、胸の琥珀玉は消耗し切っていたのだ。
「ギリギリだな。これ以上、黄天城を動かし続けたら、俺も自滅する……」
通常の魔術ならともかく、使用し続けるだけでも、膨大な魔力を消耗する金剛杵である黄天城の、これ以上の使用継続は、自らの破滅に繋がると考えたタイソンは、金剛杵の解除を即決。黄天城をゆっくりと地表近くまで効果させてから、再び金剛密印を結ぶ。
「天魔既に死す! 去れよ黄天城!」
タイソンの宣言が終ると、黄天城は黄色い光の粒子群となり、崩壊を開始。大気中に膨大な光の粒子群を撒き散らしながら、黄天城の巨体は崩れ去って行く。
崩壊する黄天城の中から姿を現したタイソンは、そのまま五十メートル程の高さから降下して、巨大な穴の縁辺りに着地。タイソンが金剛密印を解いて、左手を天に向けると、その左手に黄天城を作り出していた光の粒子群が集まり、金剛杵に姿を変える。
金剛杵は発動を終え、通常の姿に戻ったのだ。ただし、発動前と違い、柄の両端にある小宝珠は、黄天城を作り出すのに使用された為、完全に消滅していた。
「ここまで琥珀玉が消耗すると、金剛杵を元には戻せんな」
タイソンは残り少ない琥珀玉に手を触れると、身体の正面に小さなサッカーボール程の大きさの球体を作り出す。虚空泡沫を、発動させたのだ。
左手を球体に見える穴に突っ込み、タイソンは専用の虚空泡沫の中に、金剛杵を仕舞う。通常なら使用後の金剛杵は、完全記憶結晶に戻すのだが、完全記憶結晶を消耗し過ぎた場合は、虚空泡沫に仕舞っておくのである。
金剛杵を仕舞い終えたタイソンは、虚空泡沫を解除。蒼玉の星牢を運びながら、神流と幸手が逃げ去った、ハノイの方向に目をやる。
「蒼玉を持ち去った連中は、あのスピードなら……既にハノイに入った頃合か」
胸元の琥珀玉を一瞥してから、タイソンは独白を続ける。
「――黒猫団には香巴拉の天敵では無いが、もう一人厄介な奴がいる。この魔力残量で、奴を相手にするのは厳しいだろう」
タンロン鉱山跡の方を向き、タイソンは状況を確認。まだ煙が立ち昇っているが、光線や爆発などは視認出来ない。
「蒼玉は必要な分が、ギリギリとはいえ集め終わっているから、無理に追う必要は無いが、蒼玉を追うなら、麗華の助力が必要になるな。華麗は当てにならんだろうし」
タイソンが蒼玉を追う選択をした場合、もう一人の厄介な奴……神流を相手にする必要がある。その際、華麗が当てにならないのは、タイソン同様に魔力の消耗が激しい金剛杵を、既に使用してしまっているからだ。
現時点で、麗華だけが金剛杵を使用した様子が無い為、戦力として当てになるのは、麗華だけだとタイソンは考えているのである。
「しかし、黒猫といいアナテマの連中といい、金剛杵を使わせる程の力を持っているとは、明らかに予想の域を超えている。侮っていたつもりは無いのだが、聖盗とアナテマに対する認識を、我等は改めねばならないな……」
そうタイソンが自省の言葉を呟いた直後、ハノイの方から遠雷が響いて来る。青天であり、雷が発生する様な天候ではないのだが、続け様に轟き始めた雷鳴を不審に思い、タイソンはハノイの方を振り向く。
地平線の向こうにある筈のハノイの辺りは、濃淡のある灰色に染まっていた。まるで地上に降りて来た雲に、巨大なハノイの街全体が、覆い尽くされようとしているかの如き光景が、タイソンの目に映ったのだ。
そのハノイを覆い始めた、雲の如き何かのあちらこちらで稲妻が発生し、天に向かって伸びて行く。雷鳴を轟かせているのは、この天に伸びる稲妻……樹雷だった。
「――あれは、まさか!」
タイソンは雲の様な何かを目にして、驚きの声を上げる。雲の様な何かが地上で街を覆い、天に稲妻を伸ばしている現象自体に、タイソンは驚いている訳ではない……その現象をタイソンが目にするのは、初めてでは無いので。
その現象がハノイで発生した事の方に、タイソンは驚いたのだ。その現象を起こせる者達の存在に、タイソンは心当たりがあったので。
「あの宝貝の使い手がハノイにいるのなら、奴もハノイに? そいつは笑えない冗談だ……」
明らかな焦りと狼狽の色が、タイソンの顔色に宿る。万全の状態でならともかく、朝霞相手の激戦により、酷く消耗した状態では、間違っても出会いたく無い相手が、ハノイにいるかもしれないのを知ったが故の、顔色の変化だ。
ハノイを覆い尽くし、更に広がり続ける雲に似た何かを、タイソンは苦々しげに遠望する。予想だにしなかった事態に、思案を続けるタイソンの表情は、険しさを増すばかりだ。




