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天橋暮らし 06

「――あのバカ、何処に行ったんだか」


 テーブルの上にある、具だくさんのサンドイッチが盛られた皿を一瞥しつつ、神流は愚痴を吐く。

 場所は黒猫団とティナヤ達の共用スペースである、ダイニングキッチン。


 元が倉庫なので、壁は煉瓦造りになっている、ダイニングキッチンのスペースは広い。

 日本の間取りで言えば、十二畳を越える広さは、四人暮らしには十分過ぎる広さだ。


 冷蔵庫やコンロなどの調理用魔術機器や、食器棚やテーブルなどのデザインは、それぞれ購入した住民が違う為、色やデザインは統一性が無い。

 神流の趣味で買った、自然な木目をデザインに生かした、頑丈そうな木製のテーブルが六人用なのは、四人用では大柄な自分には小さいと、神流が思ったからである。


 テーブルに並んでいる皿は四つだが、三つは既に空。

 ティナヤを中心として、神流と幸手が手伝う形で作られた、ティナヤにとっては昼食、神流と幸手にとっては朝昼兼用の食事は、既に終わったも同然の状態。


 残っている一皿は、朝霞が戻って来る可能性を考慮して、作られた物だ。

 当の朝霞自体は、既に天橋うどんで食事を済ませていたのだが。


「今日は大学の授業、午前だけだったから、午後は朝霞と何処か遊びに行こうと思って、帰って来たのに……」


 空の皿の隣にあったグラスを手に取りつつ、白いワンピース姿のままのティナヤは、不満げに呟く。

 グラスの中には、卵の黄身の様な色合いの、濃い液体。


 先程、ティナヤがオルガに投げ付けた、朝霞の好物でもあるロック・オレンジのフレッシュジュースだ。

 朝一番の授業に出席し、大学から帰ってくる途中、商店街の八百屋で安売りしていたのを見かけたので、買って来たのである。


 ロック・オレンジは香りの強い果実なので、絞ってフレッシュジュースにした際の鮮烈な香りが、香水の残り香の様に、ダイニングキッチン中に残り続けている。


「ティナヤと遊びになんて、行かせる訳無いじゃん。朝霞っちは今日の午後、私達と買い物に行く予定だったんだから」


 ティナヤ同様、フレッシュジュースが半分程残っているグラスを、右手で弄びながらの幸手の発言を、既に下着姿では無い、ジーンズに白い半袖のワイシャツという出で立ちの神流が受け継ぐ。


「那威州への遠征で、色々と消耗品使い切ったからな。補充しておかないと」


「車の修理用パーツも、仕入れないとね」


 銃撃で、あちこちが破損した車の修理を担当する幸手本人の、面倒臭げな言葉である。

 幸手も先程までの下着姿では無く、カーキ色のカーゴパンツにタンクトップという格好に着替えている。


「二人は遠征の間、ずっと朝霞と一緒だったじゃない! 私は一週間振りに顔見たくらいなんだから、今日くらい私に朝霞、譲りなさいよ!」


「譲るも何も、朝霞っち本人がいないんだから、譲れる訳が無いんだけど」


 幸手の言う通りだったので、ティナヤは反論せず、グラスに口を付け、フレッシュジュースを飲む。

 皮の硬さには似合わない、爽やかな香りと甘味が、ティナヤの心を慰め、鎮める。


 ティナヤに釣られたかの様に、神流と幸手もグラスを傾ける。

 そして、フレッシュジュースを飲み干した神流が、グラスを荒っぽく置いて、嘆く。


「あーあ、あのバカ何処に居るのか、分かる方法が有ればいいのにな。そういう魔術とか無いの?」


「発信機みたいなの付けて、大雑把な居場所を掴む魔術機器なら、前に試しで作った事有るんだけど、朝霞相手には使えないと思う」


 神流に問われた幸手は、飲み干したグラスを置き、答える。


「魔術使った発信機だと、気付かれる可能性が高いから。あいつ魔術式見れるし……勘良いし」


 魔術式自体は、表面を厚い物体でカバーすれば、魔術式が見える人間にも、見れなくなるのだが(薄いカバーでは、ある程度見通せる場合が多い)、個人に気付かれずに持たせるサイズの物だと、そういった厚いカバーを施すのは、不可能に近い。

 故に、魔術式が見える朝霞に気付かれず、魔術式を仕掛けた物を持たせるのは、難しいのだ。


「魔術じゃ無理か」


 対面に座っている幸手から、右斜め前に座っているティナヤの方に向きを変え、神流は問いかける。


「だったら、ララル・コレクションの方はどう? そういう使い方が出来そうな、ミルム・アンティクウスは無いの?」


 ララル・コレクションとは、ティナヤが死んだ父親から受け継いだ遺産に含まれていた、ミルム・アンティクウスのコレクションだ。

 ミルム・アンティクウスとは、煙水晶界の古い言葉で、奇妙な骨董品という意味の言葉である。


 煙水晶界における魔術は、禁忌魔術であっても、基本的には記憶結晶と魔術式を用いる。

 だが、記憶結晶や魔術式とは無縁であるにも関わらず、魔術と同等どころか、魔術ですら実現不可能な機能を持つ物が、煙水晶界には存在する。


 そういった道具の多くは、エリシオン政府が煙水晶界を統一する以前の時代に作られた物で、現代での扱いは骨董品。

 故に、奇妙な骨董品……ミルム・アンティクウスと総称されている。


 ティナヤの父親は生前、ミルム・アンティクウスの著名なコレクターだった。

 その収集物はララル・コレクションとして、コレクターの間では名が知られた存在だ。


「どうかなぁ? 有るかどうか分からないけど」


 首を傾げつつ答えたティナヤに続き、幸手が口を開く。


「ミルム・アンティクウスなら、魔術式とは無縁な物が多いから、朝霞っちでも気付かないかもしれないね」


 幸手の言葉に、神流は頷く。


「――だったら一応、調べてみようか。目録持って来るから、調べるの手伝ってね」


 そう言いながら立ち上がると、ティナヤは自分の部屋に向かう。

 目録とは、ララル・コレクションを構成する様々なミルム・アンティクウスに関する情報が記された書物だ。


 物書きではなく実業家であったティナヤの父親が遺した、百科辞典の様な厚さの本が、全十二巻という大ボリューム。

 実は目録としては未完成といえる状態で、所有するミルム・アンティクウスごとに、手に入った資料をまとめてファイリングしてあるだけの部分が、かなり多い。


 学業や倉庫街のオーナーとしての仕事の合間を縫って、ティナヤは資料を整理し、少しずつ実用に足る目録として、書き直している。

 父親とティナヤが作業した分を合計して、所有するコレクションの三割程度が、目録として完成している段階なのだ。


 ティナヤは程無く、三冊の百科辞典程のサイズがある本を抱え、ダイニングキッチンに戻って来た。

 目録として完成している四冊の中から、自分が書き直した一冊を除いた三冊を、ティナヤは持って来たのである。


 自分が書き直した一冊……四巻を持って来なかったのは、四巻には今回の目的に使えそうな、ミルム・アンティクウスが含まれていなかったのを、書き直した本人であるティナヤは、覚えていたからだ。

 ティナヤが持って来たのは、父親が著した一巻から三巻まで。


 黒い表紙に銀色の文字で、「ララル・コレクション目録」というタイトルと巻数が記された目録には、中々の高級感が有る。

 自分の席に座ったティナヤは、その二巻と三巻を神流と幸手に手渡すと、手元に一巻を残す。

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