昇龍擾乱 67
普通なら確実に死んでいる筈の、凄惨すぎる光景。だが、タイソンが普通の人間ではないのは、朝霞も知っているので、旋風蹴りのモーションを終えた朝霞は、タイソンの落下地点……特に上半身の落下地点を見据えつつ警戒。
忍合切に両手を突っ込み、六芒手裏剣を取り出し、更に追撃を加えようとする朝霞の目に映ったのは、強烈な黄色い光。既に法輪の機能停止状態が終り、再稼動を始めた証拠の光だ。
「――やっぱ生きてやがる!」
朝霞は忌々しげに言葉を吐き捨てながら、両手に持つ六芒手裏剣を、タイソンの上半身に向けて、次々と打つ。青い光の尾を曳きながら、十枚の六芒手裏剣が飛んで行く……タイソンの上半身が落下した辺りに。
だが、六芒手裏剣はタイソンには届かず、瞬時に展開された黄色い半透明の防御殻に、防がれる。タイソンが展開した通用盾に、六芒手裏剣は弾き返されたのだ。
防御殻の中にいるタイソンは、既に立ち上がり始めていた。立ち上がれるという事は、当然の様に脚部が存在する……タイソンの下半身は、既に再生されていたのである。
眩いばかりの黄色い光は、膨大な魔力の発生と魔術の発動を意味している。旋風蹴りで吹っ飛ばされている最中、法輪の機能が復活したタイソンは、即座に魔力を発生させて、身体の残された部分を魔力の鎧で守った。
その上で、何とか守り切った右手を使って法輪に触れ、治癒魔術を発動。ダメージを受けた身体の再生を開始したのである。
再生速度は異常に速く、タイソンの左腕以外は、既に殆ど再生された状態になっていた。着衣は魔術では再生出来ず、タイソンの下半身は裸である為、その再生の状態が朝霞の目にも見えるのだが、失われていたというのが信じ難い程に、下半身は完全再生されていたのだ。
再生が遅れた左腕も、まるで植物が育つ映像を長時間撮影した映像を、早回しで見ているかの様に、元の姿を取り戻しつつあった。タイソンの周囲を漂う黄色い光の粒子群が、失われていた左腕の辺りに集まり、肉体に変換されて固定化するといった感じの光景。
「頭か法輪のどちらかを潰さないと、八部衆は死なないって書いてあったが、マジなんだな……」
異様なレベルの八部衆の再生能力を目にした朝霞は、驚きの表情を仮面の下で浮かべる。ちなみに、「書いてあった」のは、交魔法の解説書にである。
より正確に言えば、法輪それ自体を潰すのではなく、法輪が宿る円盤状の特殊な記憶結晶盤を破壊するのである。記憶結晶盤が破壊されると、波羅蜜多転法輪が発動し、法輪の本体は八部衆を離れ、エリシオン式魔術が亜空間と呼んでいる虚空に転送される。
法輪本体は記憶結晶盤より相当に強固な存在であり、法輪を破壊しようとしても、先に記憶結晶盤が破壊され、波羅蜜多転法輪が発動してしまう。故に、魔術式の集合体としての法輪自体は、これまで一度も破壊された事が無い。
法輪が宿る記憶結晶盤が破壊され、波羅蜜多転法輪が発動した時点で、法輪本体を失った八部衆は死ぬ。八部衆から法輪は失われて死ぬので、記憶結晶盤の破壊を法輪を「潰す」とか「壊す」とか、交魔法を知るクラスの聖盗達やアナテマの者達は、表現しているのだ。
ちなみに、虚空に転送された法輪本体は、世界の間に存在する広大な世界といえる虚空の、煙水晶界周辺を漂いつつ、虚空を漂う記憶結晶塵を掻き集めながら、数年から十数年の長い時間をかけて、記憶結晶盤を再生する。自ら再生した記憶結晶盤に宿った法輪は、煙水晶界の周囲を漂いながら、煙水晶界の様子を窺い、新たなる八部衆の候補者を探し続ける。
煙水晶界の外側を徘徊しながら探し回る為、煙水晶界にいる殆どの者達は、候補者を探し回る法輪を、知覚する事すら出来ない。ただし、候補者を選び出した法輪は、限りなく煙水晶界に接近し、候補者に寄り添う様に虚空を移動し続ける為、候補者を直接目にすれば、法輪の存在を知覚する事が出来る者達も、僅かではあるが存在する。
その知覚出来る僅かな者達とは、法輪を持つ八部衆と、薔薇滅という禁術の使い手のみ。薔薇滅教という狂信的な地下宗教団体が生み出した、虚空に存在する法輪を見つけ出す魔術が、薔薇滅。
薔薇滅は、多数の人命が失われる、非人道的な手段を用いなければ、習得が不可能。故に、様々な禁術を利用するアナテマ内部ですら、使用が禁じられている、禁術中の禁術なのである。
ちなみに、ナイルの話にも出て来なかった上、交魔法の解説書にも書かれていなかった為、朝霞達は薔薇滅という禁術の存在を知らない。ナイル自身も薔薇滅の使い手など、現代には存在する訳が無いと認識していたので、無用な知識だと考え、朝霞達に教えなかったのだ。




