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昇龍擾乱 64

 だが、姿を消した朝霞の姿を、すぐにタイソンの目は捉える事になった。だが、それはタイソンを、更なる混乱へと追い込む。

 何故なら、タイソンの視界に現れた朝霞の姿は、一つでは無かったからである。消えかかった最初の残像に加えて、その左右に十メートル程の間を空けて、新たに二つの朝霞の残像が、姿を現したのだ。

 朝霞は交魔法習得後、その制御し切れぬ超高速を利用して、故意に残像を作り出す……分身の術を開発、修行を積んでいた。朝霞が思い付いた戦法とは、その分身の術の事だった。

「幻影か?」

 幻影を作り出す魔術を朝霞が使ったのかと、タイソンは勘違いする。わざわざ絶影級のスピードを出している最中に一時停止し、故意に残像を作り出す戦法の存在を、タイソンは知らなかった。

 だが、分身を作り出す魔術が一部の流派に存在するのは知っていた為、タイソンは魔術だと勘違いしたのである。厳密に言えば、現代において事実上唯一の絶影使いと言える飛鴻が、残像を故意に残す戦法を使わない為、タイソンが知らなかっただけであり、四華州の武術においても、過去には分身の術と同様の戦法は存在していたのだが。

 残像に惑わされて、本来なら影程度は追える筈の朝霞の影を、タイソンは見失う。影よりも明確に視界に残された朝霞の像に、感覚ではなく思考の方が騙された形で。

 その瞬間、三つの残像を残した朝霞本人は、既にタイソンの左斜め後ろ数メートルの辺りに、姿を現していた。

(気付いていない、引っかかったな!)

 自分の方を振り返らず、残像を作り出した方向を向いたままのタイソンを見て、朝霞はほくそ笑みつつ、気配を消したまま瞬時に間合いを詰める。

(こう隙だらけだと、身体の方も狙いたくなる所だが……)

 まずは厄介な攻性防御殻を、朝霞は奪うつもりだった。だが、隙だらけの身体を晒しているタイソンを目にして、身体の方を狙うべきではという考えが、朝霞の頭に浮かんでしまい、朝霞は一瞬迷ってしまう。

(いや、こいつは防御殻無しで、俺の斧を防ぎ切れる奴だ! 狙い通りに攻性防御殻を奪った方が良い!)

 朝霞は即断したのだが、この一瞬の迷いが……ほんの僅かだけ、朝霞の動きを遅らせてしまった。しかも、迷いという思考の澱みが、僅かな気配を発生させる。

 故に、朝霞の右腕が背後から伸びてきた瞬間、タイソンはギリギリの所で、背後にいる朝霞の存在に気付いてしまう。気配を察した左後方に向けて、左脚で反射的に後ろ蹴りを放つが、気配だけを頼りに放った安易な蹴りなど、当たる訳も無い。

 朝霞は容易に蹴りをかわしつつ、右腕で正拳突きを放つかの様に、右腕を伸ばす。タイソンが朝霞の接近に気付くのが遅れたせいか、またタイソンは盾型攻性防御殻を回転させてはいなかった。

(やはり裏側には、刃みたいなのは付いていない! 回転していても手甲で触れれば、大丈夫だったな!)

 回転していなかったので、盾型攻性防御殻の裏側に刃状の部分が無いのを、朝霞は視認出来た。今から回転したとしても、刃がなければ手甲は耐えられると判断し、朝霞は黄色く色付いた透明なビニール傘にも似た、盾型攻性防御殻の裏側に、右の手甲で触れようとする。

 既に朝霞の目には、盾型攻性防御殻に記された、濃い黄色の魔術式が見えている。サンスクリット文字に似た、香巴拉式の魔術文字で記された、朝霞には読めない魔術式が。

 だが、その魔術式が記された盾型攻性防御殻に、朝霞の手甲は届かなかった。突如、無数の黄色い光の粒子群となって、盾型攻性防御殻は分解してしまったのだ。

(何ッ?)

 仮面の下で驚きの表情を浮かべる、朝霞の右手が空を切る。一瞬だけ驚き戸惑ったが、朝霞は何が起こったのかを、即座に理解。

(魔術式を奪われる前に、攻性防御殻の魔術を解除しやがったんだ!)

 魔術式を奪われるのを避ける為、タイソンは自ら攻性防御殻の魔術を解除、盾型攻性防御殻を分解したのである。魔力が切れぬ限り破られない、ある意味チートレベルの防御殻といえる金剛念珠を、魔術式を奪われて使用不能状態に追い込まれた為、魔術式を奪われる事の厄介さを思い知っていた故の、タイソンの素早い判断。

 魔術を解除した以上、奪う蒼であっても魔術式は奪えない筈だと、タイソンも……そして朝霞も、そう考えていた。攻性防御殻の中に移動していた魔術式の一部が、法輪に戻るまでに、僅かではあるが時間がかかる事を、二人共知らなかったので。

(あれは、魔術式!)

 黄色い光の粒子群の中に存在する、黄色く長い紐の様な魔術式の文字列の存在を、朝霞は視認した。盾型攻性防御殻の中に、一部が移動していた魔術式は、巻き戻される巻尺の様に、超高速で法輪に戻りつつあったのだが、思考と感覚が相当なレベルで加速している朝霞には、視認出来たのである。

 魔術を解除した為、光が衰えつつある黄色い琥珀玉。その中にある法輪自体は黒いのだが、法輪の外に出ている魔術式の色は、琥珀玉より濃い黄色といった感じの色合い。

 ちなみに、法輪から出た魔術式が記憶結晶と同系統の色なのに、魔術式の集合体である法輪が黒っぽく見えるのは、法輪の中では魔術式が超圧縮状態になっている為。法輪の土台といえる記憶結晶板は無色透明なのだが、超圧縮状態で魔術式が記述されている部分は、黒っぽく見えてしまうのである。


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