昇龍擾乱 61
(コースを変えられるのか!)
回転しながら飛行する金剛鑽攻の性質上、まともに敵を見て対処するのは無理だろうと、朝霞は思い込んでいた。高速で回転しながら、進行方向にいる敵の移動など、視認するのは不可能だろうから。
故に、金剛鑽攻は直進するだけの魔武術だと、朝霞は無意識に思い込んでいた。そこに朝霞の思い違いがあった。
朝霞が考えた通り、高速回転しながら進行方向にいる敵を視認し、追跡するのはタイソンには不可能。だが、金剛鑽攻は発動の前に、太陽印の円に捉えた「敵」を、術者であるタイソンが追尾を望む限り、目で追わずとも自動的に追いかける、自動追尾型の魔武術だったのだ。
逃げた筈の朝霞に、唸りを上げながら、タイソンの金剛鑽攻が迫る。かなりの急カーブで強引に軌道を変えたタイソンの身体は、朝霞の身体に直撃……するかに思えたが、ギリギリのところで直撃は避け、朝霞の左を掠める。
だが、高速回転していたタイソンの身体は、スクリューの様に周囲の空気の流れを乱し、朝霞の左腕はタイソンの身体に引き寄せられてしまう。直後、朝霞は左手が弾き飛ばされるかの様な、激しい衝撃と苦痛を感じる。
(やばい! 左手が!)
激痛に呻き声を上げた朝霞の身体は、左手を弾かれた反動で、独楽の様に何度か回転してしまう。だが、脱鎧の衝撃波によるダメージから、この段階に至って何とか回復したせいで、朝霞は身体の自由を左手以外取り戻せた為、乗矯術の噴射と身体の動きを駆使し、体勢を立て直すのに成功。
朝霞は即座に、タイソンの位置を確認。朝霞を通り過ぎた筈のタイソンは、五十メートル程離れた辺りにいた。抜き去った朝霞を追撃する為に切り返すつもりなのだろう、魔力の噴射を止めた両足を接地して、急減速の最中。
両足で地面を削り取るかの様に、土煙を上げながら制動中のタイソンを目にして、朝霞は気付く。タイソンの脚部……というよりは下半身が、攻性防御殻に守られていない事に。
(あの妙な攻性防御殻、攻性防御殻にしちゃ大きめだが、下半身は空いてるじゃないか!)
円錐状の鑽形攻性防御殻は、タイソンの上半身だけをカバーしていて、下半身部分はがら空きの状態。基本的には打撃部位のみを覆う攻性防御殻は、身体をフルカバーしない場合が多いのだが、タイソンの鑽形攻性防御殻も、手だけでなく手を先端とした上半身を覆う程の大きさなのだが、その例に漏れない。
起爆時に自ら発生させた衝撃波は、身体の部分を覆うだけの攻性防御殻でも、消滅させる事が出来るので、全身を覆う必要は無い。あくまで攻撃をメインとした攻性防御殻は、より多くの魔力を攻撃力に回しがちな為、全身防御は無駄だという前提で、行わない場合が多いのだ。
鑽形攻性防御殻が全身防御を行っていない状態で、防御していない部分を晒している今のタイソンは、朝霞からすれば隙だらけの状態。金剛鑽攻はミサイルの様に「飛ぶ」スピードが速い魔武術である為、急停止が難しい為に、発生してしまった隙。
その隙を、朝霞は見逃さない。朝霞は即座に地を蹴り、タイソンに向かって突撃する。
(左手は無事だが、手甲がやられてる! 与える黒は……大丈夫なのか?)
超高速で地を駈けつつ、朝霞は金剛鑽攻が掠めた左手の状態を一瞬で視認。左手甲は半壊状態で、黒い六芒星も至る所が欠けている状態になっているのに、朝霞は気付く。
透破猫之神にとって要ともいえる六芒星の一つを、破壊された状態になったのは、朝霞にとって初めての経験。それがどんな状況をもたらすのかは、朝霞にも分からない。
確かなのは、今タイソンが隙を見せている、絶好の機会である事。朝霞は急加速して、一瞬でタイソンの背後に迫ると、忍合切から取り出した斧を持った左手で、タイソンの左脚部に斬りかかる。
だが、まるで金属でも打ち付けたかの如き手応えと音と共に、朝霞の斧はタイソンの左脚に弾き返される。
(防御殻無しで、これかよ! 無茶苦茶だな、こいつの防御能力は!)
噴射用に膨大な魔力をチャージしたままの両脚は、強固な魔力の鎧に守られたも同然の状態。斧の直撃を受けても、タイソンの魔力で輝く両脚は、傷付きはしない。
(でも、防御殻同様……攻撃を繰り返せば、崩せる筈!)
一撃で駄目ならと、朝霞は斧による二撃目を放とうとするが、それを食らう程にタイソンも甘くは無い。背後に朝霞が迫っているのを、斧による攻撃で察したタイソンは、斧による攻撃の傷みを堪えながら(魔力の鎧で肉体的なダメージは防げても、苦痛は消せない為、強力な打撃を食らった様な痛みは覚える)、右脚で後ろ回し蹴りを放つ。
(この蹴りは、四華州の!)
タイソンが放ったのは虎尾脚、薬幇に潜入した際に目にした、四華州の後ろ回し蹴り。
(しかも、速い!)
突進技の急停止中、左脚に攻撃を食らった直後、不安定な状態で放たれたにも関わらず、タイソンの虎尾脚は鋭く速い。しかも魔力のせいで光を放つ脚は見切り辛く、まともに当れば交魔法状態の仮面者の朝霞であっても、一撃で沈められるだろう威力がある。




