昇龍擾乱 58
(ついてる……衝撃で感覚が、一時的に失われているだけか!)
左前腕部が、失われていないのを知り、朝霞は安堵する。左前腕自体は無事だったが、その部分を守っていたプロテクター……つまり篭手は、跡形も無くなっていた。
篭手は砕け散りながらも、何とか朝霞の左上腕を守り通す役目を、果たしたのである。朝霞は心の中で篭手に感謝しつつ、光線を食らったのがプロテクターに守られていた部分で、良かったと安堵する。
周囲に目を配り、タイソンを警戒しつつ、右手で左腕に触れ、骨が折れているかどうか、朝霞は確認。
(骨も折れていない、皹くらい入ったかもしれないけど、これなら後を引くレベルのダメージじゃない!)
骨の無事を確認し終えた頃合に、目線の先にある大きな岩の背後で、眩いばかりの黄色い光が発生したのを、朝霞は確認。
(さっきの、強力な方の光線だ!)
閃光の眩さ……強さから、その閃光がタイソンが放った光線、しかも遠距離攻撃に使った強力な方の光線、黄殲洪流であるのを、朝霞は察する。朝霞の大雑把な墜落地点を把握していたのだろう、姿は確認できずとも、視界を妨げる巨大な岩ごと朝霞を吹き飛ばすつもりで、タイソンが黄殲洪流を放っただろう事も、朝霞は同時に理解した。
朝霞は即座に、左側に向かって飛び退く。既に放たれた、スピードの速い光線を避けるのは、至難の業と言える。
岩を粉々に撃ち砕きながら、黄殲洪流の破壊光線は朝霞に迫って来る。直撃すれば命は無いだろう光線だが、地を蹴った朝霞は、何とか光線と光線の影響範囲から、すんでのところで逃れるのに成功。
足場がある地上でのスタートダッシュは、空中よりも速い。まさに目にも留まらぬスピードで、朝霞は光線の射線上から飛び退いた。
(この角度で光線が放たれたのなら、夜叉がいるのは……あの辺りだ!)
黄殲洪流の光線の射線から、朝霞はタイソンの大雑把な居場所を推測。飛び散る岩の破片群を避けつつ、吹き飛んだ岩を辺りを左側から回り込んで、タイソンの姿を視認。
(あの光線は連射が出来なかった! あれだけの威力がある魔術を使った直後には、隙がある筈!)
タイソンが煙幕の中で、黄殲洪流を連射していなかった事から、朝霞は黄殲洪流は威力相応の隙が存在すると判断。タイソンの向かって左側に移動していた朝霞は、黄殲洪流を放った直後……魔術を使えぬ隙といえる状態だったタイソンに向けて、突撃を開始。
百メートル以上は離れていたのだが、疾風の如き速さで荒野を駆け抜け、その間合いを一瞬で詰めると、そのまま跳び蹴りでタイソンに襲い掛かる。六芒手裏剣や斧などの、武器を使って攻撃する選択肢を、今回は選ばずに。
左腕の感覚が完全に戻っていない為、朝霞には手を使った攻撃に不安があった。そして、忍合切から武器を取り出すモーション自体が、突撃のスピードを遅くして、タイソンの隙を突き損なう可能性があると判断したせいもあり、朝霞は蹴りによる攻撃を選んだのだ。
防御殻を展開出来ない状態なので、タイソンも周囲を警戒してはいた。だが、いきなり超高速で右斜め前方から突進して来た朝霞の姿を、まともには捉え切れない。
十メートル程の間合いに朝霞が入った時点で、超高速で迫り来る影の様な姿自体を、タイソンの視覚は捉えた。それでも、トップスピードに達していた朝霞に、その間合いまで近づかれたら、まともに回避するのはタイソンには不可能。
勢い任せのドロップキック風の跳び蹴りが、タイソンの胸部目掛けて襲い掛かる。朝霞の全身が、超高速で飛来する巨大な矢と化し、タイソンを直撃する。
回避こそ無理だったが、タイソンは瞬時に大量の魔力を流した腕を十字に組み、朝霞の両足を受け止める。だが、全身の体重を乗せた、超高速の朝霞の跳び蹴りは、防御殻無しに受け切れる様な、生易しい威力では無い。
暴走車に轢かれたかの様に、タイソンは身体ごと三十メートル以上の距離を吹っ飛ばされてしまう。宙に舞ったタイソンの身体は、ライナー状の軌道を描いて、荒野へと墜落して行く。
だが、タイソンの身体が向う先には、既に朝霞が先回りしていた。跳び蹴りをタイソンに食らわせた後、すぐさまタイソンの落下軌道を読んで、朝霞は瞬時に先回りしていたのだ。
華麗なボレーシュートを決めるサッカー選手の様に、朝霞は左脚を軸に右脚で回し蹴りを放ち、飛来して来るタイソンの身体を蹴り飛ばす。スピードと体重を乗せた、先程の跳び蹴り程の威力では無いので、今度は十メートル程ではあるが、朝霞は再びタイソンの身体を吹っ飛ばしてしまう。
(もう一発!)
朝霞は再度、自分が蹴り飛ばしたタイソンの身体を追い掛け、蹴りを見舞おうとする。超高速で地を駈けて、タイソンの身体を追い抜くと、自ら蹴り飛ばしたタイソンの身体を待ち構え、今度は左の後ろ回し蹴りを放つ。
だが、その蹴り脚が届く前に、タイソンの身体は黄色い透明な球体に覆われる。黄殲洪流の隙が終ったタイソンが、吹っ飛ばされた状態のまま通用盾を発動させ、防御殻で身を守ったのだ。




