昇龍擾乱 54
朝霞は即座に右拳で、金剛念珠を殴りつけ、甲高い金属音を鳴り響かせる。右の手甲の六芒星が青い閃光を放ち、閃光から飛び出した青い稲妻の如き光が、金剛念珠の表面を一瞬で駆け抜ける。
すると、金剛念珠から魔術式が剥がれ、黄色くて長い紐の様な文字列となる。しかも、剥がれた魔術式は金剛念珠だけではなく、タイソンの胸にある法輪にまで繋がっていた。
八部衆が魔術式の記述無しに発動する魔術の魔術式は、全て法輪の中に存在している。金剛念珠は発動時、その魔術式の一部が防御殻に移動するので、魔術式の大部分は法輪の中に残ったままなのだ。
そして、法輪の中に存在していた部分の魔術式までもが、朝霞の奪う蒼により剥がされ、宙を漂う黄色い紐の様な状態になり、右拳の六芒星に吸い込まれてしまう。交魔法発動時、奪う蒼で魔術式を奪うスピードは、通常の透破猫之神の時より速く、まさに一瞬の早業と言える。
魔術式を奪われた為、金剛念珠の防御殻の維持は不可能となった。防御殻全体に、一瞬で網の目状の皹が入ったかと思うと、防御殻は床に落ちた電球の様に粉々に砕け散る。
破片群は細かな黄色く光る粒子群となって、大気に溶け込む。金剛念珠の防御殻が砕け散る一連の光景は、煙幕のせいでまともには見えないのだが。
見えはせずとも、自分が起動中の魔術が奪われたのは、奪われた本人であるタイソンには分かる。驚き……焦りつつ、金剛念珠を再起動しようとするが、それは不可能。
「――矢張り、法輪の魔術式まで奪えるのか! 今度の黒猫は!」
タイソンの法輪は現在、金剛念珠の魔術式を失った状態にあるので、金剛念珠は使えないのだ。法輪には自己修復機能が存在するので、金剛念珠の魔術式の回復は可能。
だが、誑惑絶佳の魔術式同様、トラブルを起こした法輪の再構築には数日を要する。故に、この戦いにおいて、既にタイソンは主力といえる防御魔術、金剛念珠を失ったも同然といえる。
タイソンは即座に、瞬時に発動出来る他の防御魔術……通用盾を発動し、シンプルな防御殻を作り出す。仄かに黄色く色付いている以外、特に変哲の無い透明な球形の防御殻を(ちなみに魔術名も作り出される防御殻の名称も、同じ通用盾であるのは、金剛念珠と同じ)。
金剛念珠を破壊した後、そのまま朝霞はタイソンに向かって襲い掛かる。魔術を使用中である為、タイソンの琥珀玉が放つ光や、美翼鳥法を発動しているが故に、背中の翼から放射される光の粒子が、煙幕に遮られているとはいえ至近距離であるが故、朝霞には朧気にではあるが見えるので、タイソンの位置が分かるのだ。
だが、通用盾の発動が間に合った為、タイソンに向かって突進した朝霞の身体は、通用盾に衝突。今度も朝霞の仮面は、防御殻の表面に当たる形になる。
煙幕が邪魔とならぬゼロ距離で防御殻を目にして、朝霞は通用盾の防御殻に魔術式が無いのを視認。
(魔術式が無いって事は、こいつは大した防御殻じゃない!)
朝霞は両手を忍合切に突っ込むと、二本の斧を取り出し、まずは右手の斧で通用盾に斬りかかる。甲高い金属音を響かせながら、斧は通用盾を直撃する。
激しい衝撃と共に、斧が砕けた感覚が、朝霞に伝わって来る。砕けた感覚は斧だけであり、通用盾……防御殻を砕いた感覚は無い。続けて、朝霞は左手の斧で、通用盾に斬りかかる。
左手の斧も砕けるが、今度砕けたのは斧だけでは無い。朝霞の左手には、防御殻自体を砕いた感覚があったのだ。
朝霞の感覚通りに、砕けた斧であった青い粒子群が、砕けた防御殻であった黄色い粒子群が混ざり合い、辺りに飛び散っていた。煙幕のせいで見えないのだが。
(今だッ!)
防御殻を再展開される前に、朝霞はタイソンとの間合いを詰め、その懐に瞬時に飛び込むと、左腕をタイソンの位置を示す仄かな光……琥珀玉に伸ばす。朝霞の狙いは琥珀玉というよりは、琥珀玉の中にあり刻まれている様に見えるが、実際は内包されている、香巴拉式の魔術式にして魔術機構でもある法輪の方。
「――このマークの正式な名は、法輪。香巴拉の魔術師達が使う、一種の魔術式にして魔術機構だ」
そうナイルが説明した通り、法輪は魔術式にして魔術機構。膨大な数の香巴拉式の魔術式が、超高密度の集合体と化し、円盤状の特殊な記憶結晶盤に固定された魔術機構なのだ。
この記憶結晶板は煙水晶粒から作られるのだが、完全に無色透明であり、目で見える操舵輪の様な物は、全てが魔術式の集合体部分。記憶結晶盤の部分には、歴代の八部衆の記憶(全てではなく、残すべきだと取捨選択されたもの)が、超高密度で蓄積されている。
香巴拉式の膨大な魔術式の集合体と、八部衆の記憶の集合体が、組み合わされた物が法輪。当代の八部衆は、この法輪が蓄積している記憶と、膨大な魔術式を利用して、超高度な魔術能力を得ているのだ。




