昇龍擾乱 52
「――先程は読まれたが、奴の遠距離攻撃の威力は低い。防御を固めておけば、煙幕から逃れるポイントを読まれた所で、構いはしないか」
再び金剛念珠を発動し、タイソンは防御を固めた上で、一応は上を避け、前方に向かって飛行を再開。煙幕の中を突き進んだタイソンは、程無く灰煙の中から飛び出す。
視界が一気に明るくなり、青空の下に広がる荒野と、その荒野に広がる灰色のドームが、タイソンの目に映る。だが、景色が見えたのは、ほんの僅かな間。
すぐにタイソンの視界は、灰色に埋め尽くされる。煙幕から出たばかりのタイソンは、また煙玉を投げ付けられてしまい、煙幕に身を包まれてしまったのだ。
その後、タイソンが煙幕から飛び出す度に、朝霞が何処からか投げ付けた煙玉が炸裂、タイソンを煙幕で包み込むという事が、十回繰り返される。延々と視界を奪われ続ける状況に、苛つきそうになる自分を抑えつつ、タイソンは言葉を吐き捨てる。
「まともに戦わず、牽制と撹乱に徹するつもりか。蒼玉を抱えた仲間を逃がそうとするなら、それは正しい選択だろうが……」
タイソンは急上昇を開始、煙幕の中から飛び出し……視界が回復した直後、時計回りに回転し、周囲の光景を視認する。今回も何処からか投げ付けられた煙玉により、タイソンの視界は奪われるが、既にタイソンは上昇した目的を果たし終えていた。
上昇した理由は、ハノイが存在する方向の確認と、朝霞が逃がそうとしている仲間……飛行する神流と、地を駆けるイダテンの位置の確認。大量の煙幕に撹乱されている間に、タイソンは方向感覚を失い、蒼玉を運ぶイダテンが逃げたハノイの方向を、見失っていたのだ。
「まともに戦う気が無いなら、戦わざるを得ない様に、仕向けるだけの話だ」
タイソンは金剛念珠を解除し、両手で琥珀玉に触れる。既に輝いている琥珀玉は、更に強い黄色の光を放ち、その光はタイソンの両腕に移る。
両腕を前に突き出したタイソンは、両腕を直角に曲げる。右腕は縦に曲げて、開いた手の指先を上に向ける形で、左腕は肘から先を右に倒し水平にして、開いた左手の指先が右肘に触れる形にする。
すると、タイソンの両腕の肘から先が、対面から見て「L」を描く形で組まれる。左腕の光は右腕に移り、開いた右掌の指先から右肘までが、一際光り輝いたかと思うと、黄色い強烈な光線が、ジェット噴射音に似た音を発生させながら、タイソンの前方に向けて放たれる。
麗華や華麗が放った光線魔術よりも、数段強力で射程距離も長い光線魔術、黄殲洪流を、タイソンは放ったのだ。煙幕のせいで正確な狙いはつけられないのだが、大雑把に把握した、イダテンが逃げた方向に向けて。
灰色の煙幕の中から、眩いばかりの黄色い光線が飛び出して来て、一直線にハノイの方角に伸びて行く。
「光線だと! イダテン狙いの攻撃か?」
上空五百メートル程、発見され難い様に太陽を背にする形で、空中静止していた朝霞は、いきなりタイソンが煙幕の中から、遠距離攻撃でイダテンを狙い始めたのを察し、驚き狼狽する。
「正確に狙ってって訳じゃない! 距離も遠いし、当たる訳は無い筈だが……」
朝霞の推測通り、黄殲洪流はイダテンに当たりはしない。イダテンの後方百メートル程の辺りに、黄色い光線は着弾。
速射を優先し、属性が与えられていない光線……つまり、魔力を変換して作り出した、黄色い極小の粒子群を収束し、超高速で撃ち出して対象物を衝撃で破壊する、シンプルな光線魔術。だが、その威力は藍双射撃や翠双射撃の比では無い。
大型爆弾でも爆発したかの様に、黄色い光線は土砂や岩石を吹き飛ばし、荒野に直径数十メートルの大穴を穿つ。吹き飛ばされた土砂は高速で周囲に飛び散り、散弾の如き存在となって、イダテンや神流にまで襲いかかかった。
ただ、着弾地点から離れていた上、イダテンと神流は高速で遠ざかりつつ、後方からの衝撃波と散弾の様な土砂を食らったので、その威力は減衰されていて、殆どダメージを受けずに済んだ。あくまで、今回の初撃に関して言えば。
「――これだけ距離が開いていても、当たらずとも十分にやばい、撃たせたらまずい攻撃って訳か!」
朝霞は両手を忍合切に突っ込むと、大量の六芒手裏剣を取り出す。そして、光線が放たれたと思われる辺りや、その周囲に向けて、次々と六芒手裏剣を打つ。
だが、既にタイソンは初撃を放った辺りから、移動済みだった。尚且つ、朝霞が移動先として読んだ辺りに、タイソンは移動してはいなかった。
朝霞の読みから、五十メートル程離れた辺りから、再び黄色く眩い光の光線が、イダテンが逃げ去った方向に伸びて行く。二撃目の黄殲洪流が、放たれたのだ。




