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昇龍擾乱 51

「――分かった。でも……絶対に無理はするなよ! やばいと思ったら、お前も絶対……逃げるんだぞ!」

「分かってるって! 俺は戦うよりも、逃げる方が得意なんだ!」

 そう言うと、朝霞は空中停止し、迫り来るタイソンの方を向く。そして、ハノイに向って行く神流と幸手に背中を向けたまま、声をかける。

「蒼玉は、任せたからな!」

 だが、朝霞の声が届いたのは、神流だけであった。実は夜叉の追撃に朝霞が気付いて以降の会話は全て、幸手の耳には届いていない。

 朝霞と神流は空中の、割と近くを飛んでいたので、会話が可能だったのだが、幸手は十メートル程離れた地上にいた。しかも、路面状態が悪い荒野の道を爆走する、魔動エンジンが唸りを上げるイダテンの車内にいた為、騒音が普段より激しく、空中での朝霞と神流の会話など、聞き取れなかったのである。

 もしも幸手に、二人の会話が届いていたなら、幸手は朝霞を止めただろう。幾ら逃げるのと撹乱が得意な朝霞でも、八部衆を一人で相手にするのは分が悪過ぎると判断して。

 実は神流も同じ判断をしていたのだが、絵里の蒼玉が星牢の中にある蒼玉に含まれていると、朝霞が本能的に察しているのを、神流は知っていた。それ故、自分の命を相当な危険に晒すとしても、自分だけが残る選択をした朝霞を、神流は止められなかったのである。

 止めても無駄だと、悟っていたが故に。

「――さーて、まずは……これかな」

 タイソンを見据えつつ、朝霞は両手を後ろに回して、忍合切に突っ込んで煙玉を取り出すと、前方に放り投げ始める。前方……とは言っても、角度や距離を調整して、煙玉の煙幕同士が、余り重ならない様に。

 合計四つの煙幕は次々と炸裂、四つの半径百メートル程の灰色のドームが出現。煙幕のドームの端は微妙に重なり合い、タイソンと朝霞の間には、扇状に広がる煙幕の巨大な壁が発生する。

 朝霞は再び、忍合切に両手を突っ込むと、今度は六芒手裏剣を取り出し、煙幕の壁の中央辺りの上を狙い、続け様に打ち始める。青く煌く六芒手裏剣のスピードとコースは、微妙に調整されていて、ほぼ同じタイミングで煙幕の壁の上に辿り着く。

 すると、そのタイミングでタイソンが煙幕の壁の上に、飛び出して来る。タイソンは驚きの表情を浮かべつつも、瞬時に巨大な琥珀玉の如き金剛念珠を作り出し、襲い来る青い六芒手裏剣の雨を、全て防ぎ切る。

 黄色がかった透明感のある防御殻……金剛念珠を直撃した六芒手裏剣は、床に落ちたガラス細工の様に砕け散り、青く煌く粒子群となって大気に溶ける。

 荼枳尼法は風を巻き起こしながら飛ぶ性質上、空中戦には向かないし、防御殻を展開しながらだと、飛び方が安定しない為(身体と防御殻では風から受ける影響が異なる為)、タイソンは飛行魔術を美翼鳥法に切り替える。

「煙幕で牽制した上で、煙幕を飛び越えて来るコースを読んだ上での攻撃か……」

 六芒手裏剣による攻撃を、金剛念珠で防ぎつつ、タイソンは呟き続ける。

「飛び道具の威力は低いが、先読みや駆け引きの能力は、例の能力同様に警戒すべきだな」

 直後、タイソンの視界が灰色に染まる。六芒手裏剣に混ぜて朝霞が投げた煙玉が、金剛念珠を直撃して炸裂、大量の煙幕を撒き散らしたのだ。

「また煙幕だと?」

 視界を染める灰色が、急激に濃くなっていくのを見ながら、タイソンは忌々しげに言葉を吐き捨てる。煙幕の色は灰色なのだが、煙幕が広がるにつれ、太陽光線が遮られていく為、タイソンの目に映る煙幕の灰色は濃く、黒に近付くのである。

 つい反射的に上に逃れそうになるが、タイソンは思い直して止める。先程、同じ様に上に逃れて、六芒手裏剣による攻撃を受けたのを思い出したので。

 タイソンは一時的に金剛念珠を解除し、飛行魔術を荼枳尼法に戻す。その上で周囲に巻き起こす風の勢いを増し、煙幕を吹き飛ばそうとする。

 だが、煙幕の煙は強烈な勢いの風に吹き飛ばされるどころか、微動だにする様子も無い。

「例の吹き飛ばせない、妙な煙幕という訳か。一定時間同じ空間に留まり続ける……」

 風で吹き飛ばせない煙を見て、昨日ハノイで目にした煙幕の事を、タイソンは思い出す。タイソン自身は、煙幕を魔術でどうにかしようとはしなかったのだが、近くにいた通りすがりの魔術師が、強烈な風を発生させる魔術で風を巻き起こし、煙幕の煙を吹き飛ばそうとして失敗したのを、目にしていたのだ。

 強烈な風で煙幕を吹き飛ばせない事がはっきりした為、タイソンは飛行魔術を美翼鳥法に戻す。

「この煙幕、麗華は一度は見ているし、封じられる種類の魔術の筈。この煙幕も封じさせておくべきだった……今更、手遅れだが」

 タイソンは愚痴りつつ、どうするべきかを考える。


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