昇龍擾乱 50
「何がどうなってるのか分からないけど、派手に戦ってやがんな」
遠ざかって行く巨大な半球を眺めながら、朝霞は呟く。ハノイに向かって飛びながら、後ろを振り返り、朝霞は様子を確認しているのだ。
巨大な半球とは、誑惑絶佳が作り出す、半径一キロ程の巨大な幻影が展開されている空間。誑惑絶佳の外からは、誑惑絶佳の有効範囲は、華麗が誑惑絶佳を発動した辺りを中心とした、巨大な球形の空間に見える。
華麗は地上で誑惑絶佳を発動した為、球体の半分は地中に埋まっているので、半球に見えるのだ。誑惑絶佳が作り出す球形の空間の外見には、内部の幻影の色が反映される為、朝霞の目に映るドームの色は、青空や青い海……浅瀬のエメラルド色などが混ざり合った、青を中心とした色合いだ。
美しくも青い半球から、攻撃魔術であろう光線や光弾などが、頻繁に飛び出して来るので、半球の中で激しい魔術戦闘が行われているのは、遠ざかりながら後方を振り返っている朝霞にも分かる。
「――あれは?」
後方を見ていた朝霞の目が、高速で迫り来る何かを捉える。イダテンに合わせて、スピードを落として飛んでいる朝霞よりも、遥かに速いスピードで飛んで来る人影だ。
その人影の一部が、黄色い光を放っているのに気付き、朝霞は人影の正体を察する。
「琥珀玉の光……夜叉だ!」
朝霞は声を上げ、仲間に夜叉……タイソンの追撃を知らせる。
「速い……イダテンのスピードじゃ、逃げ切るのは無理だな……」
高速で迫り来るタイソンを見ながら、苦々しげに呟いた朝霞に、神流が問いかける。
「どうする? 二人がかりで迎撃するか?」
朝霞は思考を巡らせ、どうするべきか考える。神流と自分で迎撃するか、それとも一時的に逃げるのを止めて、幸手も含めて三人で迎撃するか……などと考えを巡らせる。
その上で、神流と自分で迎撃する選択肢と、三人で迎撃する選択肢を、朝霞は即座に捨てる。
「――いや、俺一人でやる! 姫は巫女から離れないでくれ!」
「一人で? 馬鹿言うな!」
神流は強い口調で、朝霞に反論する。
「交魔法を習得しても、数倍……下手すれば数十倍の数でかからなければ、八部衆には勝てないって、ナイルさんも言ってたんだろ!」
「その通りだ、俺と姫で二人がかりどころか、巫女と三人がかりでも、八部衆の夜叉には勝てない可能性が高い」
「だったら、何でお前一人で?」
「勝つ必要は無い! 俺一人で夜叉を撹乱して、追跡の妨害に専念するだけだ! 勝つのは無理としても、その程度なら何とかなる!」
一人で戦って勝つのは無理としても、交魔法により得た煙玉とスピードの速さを駆使すれば、夜叉を撹乱して追撃を妨害する程度の事は可能だろうと、朝霞は考えたのである。
「それに、相手は三人……残りの二人はアナテマが相手しているんだろうが、いつ蒼玉の星牢を奪いに来ても、おかしくは無い! そんな状況で、姫を一人には出来ないだろ!」
イダテンが牽引するトレーラーに載せられた、蒼玉が詰まった星牢を見下ろしながら、朝霞は強い口調で言葉を続ける。
「三千人だ! 美里だけじゃない、お前や巫女の家族の命も、含まれてるかも知れない三千人分の命、間違っても八部衆に奪われる訳には行かない! 運びながらだと、姫はまともに戦えないだろうから、誰かが護衛についていないと駄目だし、護衛につくなら強い方……つまり、お前の方が良い!!」
絵里について触れた朝霞の言葉を聞いて、昨夜……朝霞が言った言葉が、神流の頭に甦る。
「――ひょっとしたら、あの蒼玉の中に妹の蒼玉が含まれているせいで、そんな懐かしさを……俺は感じたのかもしれなと思ってさ」
星牢の中にある蒼玉に、妹の絵里の物が含まれている可能性が高いと、朝霞が考えているのを、神流は思い出した。故に、相当に危険な状況に自分が追い込まれるのが分かっていても、朝霞は三千の蒼玉に防御を付けた上で、追っ手から逃がす方を優先するだろうと、神流は考える。
「撹乱に専念した上で、お前らが逃げ遂せられる様なら、その時点で俺は逃げに徹する! 夜叉は俺より飛行速度が遅いみたいだから、俺が逃げに徹すれば逃げ切れる!」
タイソンが自分より遅いと、朝霞が判断したのは、迫り来るタイソンの飛行スピードが、自分の飛行スピードよりも遅かったからだ。わざわざ最高速度を出さずに追撃する訳も無いので、自分が見たタイソンの飛行速度は、最高速度に近いレベルだろうと、朝霞は考えたのである。
朝霞の推測は外れておらず、タイソンは最高速度に近いレベルのスピードで飛んでいた。ただし、それは朝霞がタイソンから確実に逃げ切れる事を、意味してはいないのだが。




