昇龍擾乱 49
凝った装飾が施された、拳二握り程の短い柄。その柄の両端には四本ずつの爪を思わせる形状の刃が付いている。
その爪に鷲掴みにされているかの様に、柄の両端には瑠璃玉に似た球体……小宝珠の瑠璃玉が固定されている。小宝珠の中には胸にある物に比べて、三分の一程の大きさしかない、法輪に似た文様がある。
柄と刃の部分は、金色の金属製だ。
「――金剛杵を、出しよったか」
華麗が取り出した物を目にして、バズは苦々しげに呟く。華麗が取り出した物……金剛杵の存在を、バズは知っていたのである。
金剛杵とは、八部衆が使う武器。通常時の見た目のデザインは、柄の両端に付いている小宝珠の色が、八部衆それぞれが使う完全記憶結晶と同じである事以外に、違いは無い。
武器としての能力を発揮する為に発動した際、金剛杵は姿形を変えるのだが、その姿形はそれぞれ異なる。姿形だけでなく能力や攻撃方法も、金剛杵は八部衆それぞれ異なるのだ。
外見や能力、攻撃方法などは様々である金剛杵なのだが、金剛杵にとって象徴的な、共通する能力が、一つだけ存在する。それが、金剛才華……絶対防御能力を無効化する攻撃を放つ能力である。
つまり、金剛才華を持つ金剛杵から放たれる攻撃には、絶対防御能力が通用しないのだ。八部衆が恐るべき存在である理由は、異常な再生能力や高度な空間転移能力、異常な魔力量など色々とあるのだが、この八部衆の金剛杵しか持ち得ない金剛才華も、その大きな理由の一つと言える。
煙水晶界における魔術戦闘においては、高度な魔術能力を持つ魔術師達程、絶対防御能力を持つ防御魔術に頼りがちな戦法を使う。ところが、絶対防御能力を無効化してしまう、金剛杵が放つ攻撃は、その戦法自体を崩してしまえるのだ。
絶対防御能力という保険を掛けながら戦える、金剛杵を手にした八部衆が、その保険を失ったも同然の魔術師達や聖盗達を相手に、圧倒的に有利な条件で戦えるのは明白。絶対防御能力を自在に駆使するレベルの魔術師達や聖盗達を、八部衆が多数葬り続けて来れたのは、金剛杵の金剛才華があってこそとも言える。
それ程に戦いを有利に出来る金剛杵の使用には、流石の八部衆と言えど制限がある。魔力の消耗が激しく、精神にも多大な負荷をかける為、八部衆ですら長くても十分程度しか使えないという制限と、一つの完全記憶結晶からは一つの金剛杵しか作り出せないという制限が。
膨大な魔力を消耗し、精神も疲労する為、金剛杵の使用後は戦闘能力が著しく低下するリスクもある。故に、八部衆は基本的には可能な限り、金剛杵の使用を避ける。
華麗が金剛杵の使用を決意したのは、四肢の半分以上を失わせる程に、自分を追い込んだバズや、麗華と互角の戦いを繰り広げているポワカの戦闘力を、それだけ高く評価したが故だ。
「タイソンは見る目が無い。あんな出来の悪い、紛い物の黒猫なんかに拘って、追いかけて行くなんて」
タイソンが飛び去った方向を一瞥しつつ、華麗は言葉を続ける。
「この爺とマニトゥの女の方が、あの黒猫なんかよりも余程、警戒すべき相手だろうに。金剛杵を使わなくても倒せるだろうけど、使って確実に……ここで潰しておいた方が良い相手だ、この二人は」
「黒猫? ああ、先程の聖盗……例の黒猫団だったか」
自分達の戦いに巻き込まれた三人の聖盗達……黒猫団の姿を、バズは思い出す。
「八部衆は今でも、黒猫の影に怯えているのか? そりゃ中々に滑稽な話じゃないか」
バズは楽しげに、嘲り気味の笑みを浮かべる。
「まぁ、かっての黒猫は香巴拉敗戦の根本原因にして、香巴拉の天敵の如き存在だから、無理も無い話と言えなくも無いがね」
「僕等の仲間の一部に、怯えてる馬鹿がいるだけの話さ」
そう言いながら、その馬鹿に属する兄の麗華の方を、華麗は少しだけ気にする。
「今現在、この世界に存在している黒猫が、幾ら似ているとはいえ、過去の天敵とは無関係な……別の存在だなんて事、僕は分かっているから、怯えたりはしない」
「『盗んで与える』という意味では、今の黒猫は昔の黒猫と能力が似ているし、見た目も似ているそうだから、案外……警戒するのが正解かも知れんよ」
惑わす様な言葉を、バズは華麗に投げかける。
「君も黒猫の方に向った方が、良いのではないかね? この場は見逃してやるから、遠慮する事は無い」
「――いや、遠慮しておくよ。紛い物の黒猫の狩りなんざ、タイソン一人で十分だ」
華麗はバズの言葉には惑わされず、金剛杵を手にしたまま身構える。華麗は金剛杵を手にした左手を前に突き出しつつ、右手で胸の瑠璃玉に触れるという構え。
「僕が狩るのは……まずは君さ! その後、麗華が倒し損なっていたら、マニトゥの女も……僕が狩る!」
バズを見据えながら、華麗が宣言した直後、胸の瑠璃玉が藍色の光を放ち始める。同時に、金剛杵の小宝珠も同じ色の光の放射を開始。
華麗は金剛杵を、発動させたのだ。目も眩む程の強烈な藍色の光に包まれながら、華麗の金剛杵は、その姿形を変え始めた。




