昇龍擾乱 46
バズの大掛かりな攻撃を察した華麗は、展開までの隙は大きいが、「通常の状態で」使用出来る防御魔術の中では、最高の防御能力を持つ魔術……虚空網を発動。網目状の文様を持つ、藍色に光る半透明の球体の防御殻を展開し、華麗は防御に専念。
虚空網は金剛念珠には劣るが、魔術師が個人で展開可能な防御殻の中では、確実に最高の防御能力を持つランクに入る、強力な防御能力を持つ。無論、絶対防御能力も持ち合わせている。
本来、虚空網は香巴拉以外の個人レベルの魔術攻撃により、崩される事など有り得ない筈と、華麗が認識していた強力な防御魔術。だが、魔術を利用して膨大な数の爆弾で攻撃を仕掛ける、物量で圧し切る攻撃に耐え切るだけの能力を、虚空網は持ち合わせてはいなかった。
大規模な術で有るが故に、過重力渦を維持可能な時間は、せいぜい三分といったところ。この短い時間に膨大な火力を一気に投入し、敵の防御能力を上回る物量攻撃を仕掛ける、いわゆる飽和攻撃がバズの狙い。タイソンには通じないが、「通常の状態」の他の八部衆相手なら、その防御を崩してダメージを与える事が可能な戦術。
黒化爆弾が次々と連鎖的に爆発を繰り返し、爆発の衝撃波で虚空網にダメージを与え続け、防御能力を削り取って行く。続け様に爆発音が響き渡り、百近くの爆炎の花が咲き乱れた頃合、虚空網は限界を迎えて粉々に砕け散る。
藍色に光る粒子群となって消え去りながら、虚空網は絶対防御能力を発動。自らを破壊した大量の黒化爆弾の破壊力を、一瞬で全て打ち消してしまう。
華麗の周囲で発生していた爆発による、爆炎や衝撃波など……攻撃能力を持つ全てが消え去ってしまった。残されたのは、攻撃能力を持たない爆煙だけだが、爆煙を構成する微粒子は、即座に渦動重力弾の高重力に引き寄せられてしまうので、華麗の周囲からは消え失せる。
消え去らないのは華麗と、華麗に迫り来る、まだ赤いままの数十発の黒化爆弾。起爆どころか安全装置が解除されていない黒化爆弾は、消え去った虚空網の絶対防御能力発動では、打ち消せはしない。
高重力に引き寄せられ続ける赤いままの黒化爆弾は、次々と渦動重力弾から十メートル程の範囲に突入。華麗の視界の中で、赤い絵の具を溶いた水に、墨汁を流し込んだかの様に、赤い黒化爆弾の色が黒に変わって行く。
渦動重力弾の高重力に身体の動きは縛られ、回避するのは不可能。おそらくは一秒も無いだろう黒化爆弾の直撃までに、絶対防御能力を持つ強力な防御魔術を発動するのも、華麗には不可能。
故に、華麗は焦りの表情を浮かべながら、防御能力が高くは無い代わりに、瞬時に展開出来るシンプルな防御殻を展開。藍色がかった半透明の球体を、華麗は身体の周囲に一瞬で展開し、防御を固めた。
直後、黒化爆弾が防御殻を直撃し起爆、華麗の周囲に赤々とした爆炎の花を咲かせ、衝撃波が防御殻だけでなく、他の黒化爆弾にまで襲い掛かる。黒化爆弾は次々と衝撃波により連鎖的に起爆、華麗がいた辺りに巨大な火柱が立ち上る。
大気を震わす程の爆発の最中、とうとう渦動重力弾の効果が切れ、高重力は消滅。過重力渦も終了し、巨大な重力の渦巻きは、巻き込んでいた様々な物を解放しながら、消え去ってしまう。
だが、消え去ったのは過重力渦だけではない。誑惑絶佳による幻影の海に発生した、巨大な渦潮の如き過重力渦だけでなく、海の幻影どころか、浜辺や青空の幻影までもが、そっくりそのまま消え去ってしまったのだ。
出現した時と同様、クロスフェードの様に青空と海……そして海辺などの美しい光景が消え去り、褐色の荒野と縹色の空が、姿を現したのである。
「――誑惑絶佳が、解除された様だな」
幻影が消え去り、再び姿を現したタンロン鉱山跡周辺の光景を目にしながら、爆発から二百メートル程離れた辺りの空中で、バズは呟く。自ら放った大量の黒化爆弾による爆発の衝撃波を食らわぬ様に、手持ちの黒化爆弾を全て過重力渦に放り込んだ後、バズはタイニィ・バブルスを解除して、即座に過重力渦から距離を取り、高度五十メートル程の辺りから様子を窺っていたのだ。




