昇龍擾乱 45
バズが発動させた魔術は、タイニィ・バブルス。杖を取り出す時にタイニィ・バブルスを使った時と、亜世界との通路である球体の色が違うのは、前回の赤い亜世界とは別の、緑色の亜世界と繋がっているからだ。
色だけでなく、亜世界との通路である球体の大きさも違う。緑色の球体は直径が十メートル程と、かなり大きい。
過重力渦の有効範囲内に出現した、緑色の亜世界と繋がる通路自体は、空間自体に穿たれた状態である為、渦動重力弾が発する高重力に動かされはしない。だが、その内部に格納されている物は、高重力に引き寄せられて、緑色の球体に見える通路を通り、亜世界の中から過重力渦の中に飛び出して来る。
飛び出して来たのは、バズの着ている服と同じ色合いの、人間の頭と同程度の大きさがある、赤い球体。赤とは色の相性が悪い、緑色の通路の中から、渦動重力弾の高重力に引き寄せられて、大量に赤い球体が姿を現し、過重力渦に巻き込まれ始めた。
穴の開いた緑色の袋から、赤いキャンディが大量に零れ落ちる様に、余裕で百を超える数の赤い球体が、過重力渦の中にばらまかれた。大量の赤い球体は、渦潮に巻き込まれる木の葉の様に、渦動重力弾に向かって「落ちて」行く。
赤い球体より先に過重力渦に捕らわれた華麗は、渦動重力弾から数メートルという間合いまで、高重力の渦巻きに流されていた。荼枳尼方を全出力で発動し、高重力の渦に抗おうとしながら、徐々に流され続けていた華麗は、バズが出現させた大量の赤い球体を視認。
渦動重力弾の周囲を回りながら、自分がいる辺りに高速で近付いて来る赤い球体群を目にして、華麗はバズの攻撃だと判断。迎撃しようにも高重力のせいでまともに身体が動かせない為、回避は不可能に近い上、迫り来る赤い球体群に、華麗は狙いを定められない。
結果として、防御を固める選択をした華麗は、両掌で瑠璃玉に触れる。誑惑絶佳や荼枳尼法を高出力で発動中である為、瑠璃玉は藍色の強い光を放っているが、その光が更に強まり、華麗の両手に光は移る。
瑠璃玉から離した両掌を、華麗は胸の前で合わせる。まるで神仏に祈るかの如きポーズを取る華麗の両掌に宿る光が、無数の光の粒子に分裂。
藍色の光の粒子群は周囲に飛び散ると、華麗の周囲を激しく動き回り、光跡で網目模様を描きながら、華麗を取り囲む防御殻を作り始める。防御殻の完成は遅く、網の目状の特徴有る見た目の防御殻が、完成に至った十数秒後には、既に目前までバズの放った球体群が迫っていた。
だが、華麗が防御殻を展開している間に、球体の色は赤から黒に変わっていた。正確に言えば、華麗……というよりは渦動重力弾まで十メートル前後の間合いに入った球体の色だけが、赤から黒に変化しているのだ。
渦動重力弾の間近まで引き寄せられていた華麗が、展開し終えたばかりの藍色に光る防御殻に、黒い球体は次々と衝突して爆発、眩い閃光を発し、耳を劈く程の爆音を響かせる。華麗の周囲に迫っていた黒い球体は、次々と連鎖的に爆発し、渦動重力弾と華麗がいる辺りに、巨大な火柱が上がる。
バズが緑色のタイニィ・バブルスの中から過重力渦に放ったのは、爆弾だったのだ。色が赤い状態では安全装置が働いていて、決して起爆する事は無いが、魔術式で設定した条件を満たすと安全装置が解除されて、球体の色が赤から黒に変化し、黒くなった状態で衝撃を受けると起爆する、黒化爆弾という特殊な爆弾。
今回は過重力渦と組み合わせて使う前提で、バズは黒化爆弾を大量に用意していた。故に、渦動重力弾から十メートル程の距離まで接近した時点で、安全装置が解除される様に、バズは黒化爆弾の安全装置解除条件を設定していた。
爆弾の破壊力自体は並なのだが、百発以上の爆弾を続け様に見舞い続ける為、総合的な火力は小さな街を一つ吹き飛ばし得る、大型爆弾による爆撃に匹敵する。しかも、大量にばらまかれた爆弾は、幾つかの段階に別れて爆発する為、一撃とは看做され難い。
絶対防御能力を持つ防御殻であっても、崩壊した後に起爆した黒化爆弾の爆発を、打ち消す事は出来ない。全ての黒化爆弾が起爆し終えるまで、持ち堪え続ける防御力を持つ防御殻でもない限り、単一の防御魔術で百を超える黒化爆弾による爆撃を、防ぎ切るのは不可能。
後から魔力を供給し続け、防御力を維持して防御殻の崩壊自体を止められる、タイソンの金剛念珠や、絶対防御能力を持つ防御壁の組み合わせにより、多段式の絶対防御を実現出来る、幸手の天岩戸なら、防ぎ切るのは可能だろう。だが、タイソンと同格の八部衆とはいえ、「鉄壁たる夜叉」とも呼ばれる、八部衆では最高の防御能力を持つタイソンに比べれば、防御魔術において華麗は大きく劣る。




