昇龍擾乱 42
一条の光線が掠ったせいで、姿を消していた麗華は姿を現してしまう。左脚の先端を掠めた赤い光線は、麗華のパンツと左脚先端の肉の表面を焼く。
赤い光線……熱線は、魔力が濃い身体の内部までは焼けないが、皮膚を焼いて手酷い火傷を負わせるには、十分な威力がある。防御殻を展開すれば、余裕で防げる攻撃ではあるのだが、魔力を体内に巡らせる程度の防御力だと、数を食らえば危険な攻撃と言える。
麗華は苦痛に顔を歪めつつ、緑がかった半透明の防御殻を展開し、赤い光線が飛来した方向に目をやる。地上の数百メートル離れた辺りに、麗華達が戦っている辺りを円形に囲む形で展開している、多数のアパッチ達の姿が、麗華の目に映る。
事前に指定されていた狙撃地点に移動していたアパッチ達が、擬似太陽砲による狙撃を開始したのだ。先程、バズに藍双射撃を放った時に姿を現した華麗や、獅子翠蹴を放った時の麗華は、近くにバズやポワカがいた為、アパッチ達は誤射を恐れて支援狙撃を控えていた。
ニーヨルと小銭による攻撃の際も、姿を現した麗華にポワカが接近して攻撃を仕掛けていた為、同様に狙撃は控えたのだ。だが、今回は二百メートル程上空と、ポワカから十分に離れている上、ポワカが接近戦を仕掛ける様子を見せなかったので、アパッチ達は擬似太陽砲による一斉砲撃を開始したのである。
光線の類……特に熱線は遠距離だと威力が減衰してしまう為、マットチョイの時よりも擬似太陽砲の威力は、相当に落ちている。だが、麗華が慌てて展開した防御殻の防御能力は、余り高いとは言えない上、絶対防御能力も無い(絶対防御能力を持つ防御殻は作れるのだが、タイソンの様に瞬時には展開出来ない)。
しかも、タイソンの金剛念珠の様に、魔力を継続的に流し込む事により、術者に魔力が残っている限り、基本的には破られないという性質も、持ち合わせていない(基本的にというのは、ナジャの巣の様に無条件で全てを破壊する種類の魔術には、無力である為)。香巴拉式以外の魔術師からすれば、相当に強固な防御殻ではあるが、耐性の限界を超えれば破られてしまう、あくまで普通の種類の防御殻。
このままではアパッチ達による集中砲火により、いずれ防御殻は破壊される可能性もあるが、眼下で右手の甲のトーテムを輝かせているポワカの方が、アパッチ達による集中砲火以上の脅威だ。アパッチ達の支援砲撃を邪魔しない様に、今度は近接攻撃ではなく遠距離攻撃を仕掛ける為の魔術を、ポワカは発動中なのである。
「射抜く物、アトラトル!」
周囲に生じていた空色の光の粒子群はポワカの右手に集まり、空色に輝く光の槍と、光の槍がセットされている棒状の物へと姿を変えた。短い槍を投擲する武器……投槍器を、ポワカは作り出したのだ。
無論、マニトゥという魔術で作り出した物である為、本物の投槍器とは射程や威力が根本的に異なる。最大射程は一キロ程、近距離から艦船のどてっ腹を射抜けば、大穴を穿つ程の威力がある。
だが、アトラトルで光の槍を放つ前に、異変が発生した。突如、天地がひっくり返ってしまったのだ。
青空が上に……海原や浜辺が下と、海辺の幻影自体はそのままで、上下が正常な状態になったのである。しかも、現実の陸地より海面が二十メートル程、上にずれる形で。
いきなり景色の上下がひっくり返った為、アトラトルの狙いを定めようとしていたポワカは惑わされ、狙いを定め直す羽目になってしまった。だが、アパッチ達はポワカ以上に惑わされ、麗華に向けていた砲撃は完全に止んでしまった。
何故、麗華を狙う支援砲撃が出来なくなる程に、アパッチ達が惑わされたのかと言えば、海が下になったからである。アパッチ達はこれまで、実際は地上にいたにも関わらず、青空の幻影に惑わされ続けていた。
幻影に惑わされつつも、アパッチには飛行能力が有る為、その場で上下が逆の状態で空中制止する感覚で、アパッチ達は同じ場所に留まり続ける事が出来た。そして、ポワカやバズから離れた状態で、麗華が出現したのを目にして、一斉に支援砲撃を開始したのである。
だが、同じ海辺の景色のまま、上下だけが正常になった上、幻影の海面が二十メートル程、地上より上にずれた為、地上辺りにいたアパッチ達は全て、幻影の海に水没する状態になってしまったのだ。幻影の海中からは、空中にいる麗華の姿は視認し難く、遠距離からの狙撃など不可能。
しかも、陸空での活動は可能だが、水中戦を行う能力は無いアパッチの中にいる者達は、全ての感覚が現実の光景と捉えてしまう海中の幻影の中、混乱状態に陥ってしまったのだ。




