昇龍擾乱 40
特に防御用の魔術を発動している訳では無いのだが、戦闘時……常に体内に大量の魔力を巡らせている八部衆は、銃弾程度の衝撃では、肉体を傷つけられる事は無い。四華州の武術には、気を全身に巡らせて身体の防御力を、鋼鉄の鎧でも身に纏っているかの様に引き上げる技が存在するのだが、それには及ばないまでも、八部衆は気ではなく魔力により、似た状態を実現してしまえるのだ(魔術ではなく、膨大な魔力量を生かした副作用的効果)。
ただ、あくまで身体が傷付くのを防ぐだけであり、攻撃を受けた苦痛は消えないので、麗華は身体を銃弾に撃ち抜かれたのと同等の痛みを感じている。故に麗華の顔は苦痛に歪んでいるのである。
姿を一時的に現した麗華は、再び誑惑絶佳の効果で姿を消し始める。だが、苦痛による精神的なダメージにより、姿を消す最中……麗華の動きは鈍っていた。
その動きが鈍った隙を、ポワカは見逃さない。既にニーヨルを解除し、別の魔術を発動させる為のトーテムを、空水晶粒で右手の甲に描き込んでいた。
ニーヨルで飛ばした小銭による攻撃は、あくまで麗華の姿を晒す為の牽制であり、これからが本命の攻撃といえる。
「斬る物……トモハーケン!」
ポワカの周囲に発生していた空色の光の粒子群が、ポワカの右腕に一瞬で集まると、翠がかった空色に輝く、銀杏の葉に似た形をした、光の刃を作り出す。ポワカは身体の一部を光の斧に変える、トモハーケンというマニトゥの魔術を使ったのだ。
右腕を光の斧に変えたポワカは、姿を消し切っていない麗華に向かって、獲物を狙う鷲の様に突撃。突撃に気付いて、痛みを堪えながらも回避運動を取りつつ、防御殻を展開すべく、翠玉に左手を伸ばしていた麗華に、ポワカは光の斧で斬りかかる。
痛みで動きと反応が鈍っていた麗華は、その斬撃をかわし切れない。姿が完全に消え去る直前に、空中に閃光を走らせたポワカの光の斧は、麗華の右腕を捉える。
魔力が満ちて、銃弾に匹敵する攻撃ですら耐え切る、強力な防御力を持つ麗華の身体であっても、ナジャの巣には及ばないとはいえ、大抵の防御殻はケーキの様に斬り裂ける切断能力を持つトモハーケンに、耐え切る事は出来ない。トモハーケンの刃に撫でられた麗華の右腕は、肘より少し下の辺りで、あっさりと切断されてしまう。
直後、麗華の本体は完全に姿を消したが、身体から離れた右腕の方は、麗華の身体だと誑惑絶佳が看做さないのか、消え去りはしなかった。麗華の右腕は切断面から鮮血を噴出しながら、青空の幻覚に向かって上昇して行く様に、本物の地面に向かって落下して行った。
ポワカは麗華が消え去った辺りの周囲を飛び回り、光の斧を振り回すが、手負いの麗華は既に逃げ去っているので、刃は獲物を捉えられずに空を斬るばかりだ。ポワカは周囲を見回し警戒するが、誑惑絶佳に隠された麗華を探し出すなど不可能。
「――炙り出すか、待つか……」
広範囲に無差別攻撃を行い、麗華に無理矢理攻撃を当て、姿を露にさせるか、それとも攻撃の為に麗華が自ら姿を現すのを待つか、ポワカは迷う。ナジャの巣以外にも広範囲に攻撃を仕掛けられる魔術を、ポワカは持ち合わせているが、それらは大量に魔力を消耗する為、麗華を炙り出す為だけに使うのは、気が進まないのだ。
完全記憶結晶を魔力源に出来る八部衆は大抵の場合、魔力残量など気にしないで戦う事が出来る。三百体のアパッチによる超高熱集中攻撃に対する防御で、琥珀玉を半分消耗した今回のタイソンは例外と言えるが、殆ど完全記憶結晶を消耗していない麗華や華麗は、まだ膨大な魔力残量が有る。
ポワカやバズも八部衆対策に、大量の記憶結晶粒を準備し装備してはいるが、それでも八部衆の魔力量には遠く及ばない。単に燃料となる記憶結晶の量が多いだけでなく、完全記憶結晶からダイレクトに魔力を生成出来る八部衆は、記憶結晶粒から魔力を生成する種類の魔術より、魔力の生成効率が高いのだ(記憶を記憶結晶化せず、ダイレクトに魔力に変換する、聖盗の交魔法時の変換効率には劣るが)。
つまり、魔力量において八部衆に劣るポワカとしては、魔力を大量に消耗してしまう広範囲無差別攻撃を、麗華を炙り出す為だけに使うのは、躊躇わざるを得ないのである。無論、麗華の片腕を斬り落とした今こそ勝負時だと、魔力の大量消費を躊躇わずに仕掛けるべきだと、ポワカも思わない訳では無い。
だが、過去の戦いを記録したアナテマの資料や、過去に先代の八部衆と戦った経験があるバズなどから、ポワカは八部衆について学んでいた。実際に八部衆と戦うのは初めてなのだが、八部衆は片腕を斬り落とした程度で、どうにか出来る相手では無いのを、ポワカは知っている。




