昇龍擾乱 39
誑惑絶佳に惑わされていない麗華は、ポワカと違って天地が逆とはなっていない状態で、ポワカの背中辺りを狙い、右脚で回し蹴りを放とうとしていた。ただの回し蹴りでは無く、蹴り脚である右脚の膝から先は、翠玉と同じ色ではあるが、翼以上に強力な眩い光を纏っている。
この蹴り脚が纏っている光は、攻性防御殻という、防御殻の一種。攻勢防御殻は攻撃能力を持つ防御殻であり、基本的には防御ではなく攻撃に使用する、特殊な防御殻。
攻勢防御殻まとった身体の部位が、強力な衝撃を受けると、攻勢防御殻は爆発的な衝撃波を発生させながら消滅する。攻勢防御殻自体は絶対防御能力を持ち合わせているので、発生した衝撃波は自分には一切ダメージを与えず、一方的に敵を痛め付ける。
つまり、腕や脚に攻勢防御殻を纏い、パンチやキックなどで敵に攻撃を放てば、自分はノーダメージで有りながら、相手に強烈な衝撃波によるダメージを与えられるのだ(光線魔術同様に、他の効果の付加も可能)。ただし、攻撃と防御という相反する機能を両立させた存在であるが故、長くても数秒程度の持続時間しか無いという欠点がある。
この欠点故に、武術経験が無ければ事実上、敵にヒットさせるのは困難な為、高度な魔術技量と武術技量を持ち合わせた者しか、攻勢防御殻を使った攻撃技は使えない。こういった魔術と武術を併用する戦闘スタイルを、魔武術と総称し、特に仙術や香巴拉式など、東洋で発祥し広まった魔術に使い手が多い。
ちなみに、麗華が放とうとしている、エメラルド色に輝く攻勢防御殻を纏った、蹴りと併用する魔武術の名は、獅子翠蹴。藍双射撃の数倍の破壊力がある、凄まじい威力の蹴りだ。
緑色の光の尾を曳きながら、獅子翠蹴の蹴り脚が、背後からポワカに迫る。麗華の蹴り脚はギリギリまでポワカに近付く……が、ポワカには届かず、寸前で蹴り脚は止められる。
獅子翠蹴の蹴り脚を止めたのは、ポワカの頭を飾っていた羽根……ワパハの一枚。獅子翠蹴による攻撃を察知して、自動防御に入ったワパハによる防御が間に合ったのだ。
麗華の蹴り脚が纏っていた攻性防御殻が、ワパハを蹴った衝撃により、爆音の様な音を立てながら起爆。緑色の閃光と共に発生した強烈な衝撃波は、ワパハに襲い掛かって、一撃で粉砕してしまう。
だが、ワパハは絶対防御能力を持っているので、消滅しながら獅子翠蹴による攻撃能力を、全て巻き添えにして……打ち消す事に成功。ポワカはノーダメージで済む。
「こんな羽根一枚に、絶対防御能力だって? まだ十枚以上残ってるじゃないか!」
敵の死角から放った必殺の魔武術の蹴り技を、羽根一枚に防ぎ切られた麗華は、驚きの声を上げつつ姿を消す。攻撃を終えたので、再び誑惑絶佳の幻影に姿を隠したのだ。
ポワカの頭を飾る羽根……ワパハが、自動防御を行う魔術機構であるのを、ポワカが朝霞の手裏剣を防御したのを見て、麗華は知っていた。だが、絶対防御能力を持っていたのは、予想の範囲外だったので、麗華は驚いたのである。
ポワカはワパハの反応で、麗華の攻撃を察したので、即座に振り返った。しかし、麗華の姿はポワカの視界の中で、飛び去りながら消え去ってしまった。
「緊那羅、逃がさない!」
言い切るポワカの右手の甲は、既にトーテムが輝いている。左手の甲には飛行用のバヤックの為のトーテムが輝いているので、防御はワパハに任せた上で、攻撃用の魔術を発動させる為、既に右手の甲にトーテムを描き込んでいたのである。
ポワカの周囲には、蛍の如き空色の光の粒子群が漂っている。麗華が姿を消した辺りの方向に向けて、ポワカは右手を突き出す。
突き出されたポワカの右手には、ポケットから取り出した、小銭が握りこまれていた。
「吹き荒べ、ニーヨル!」
右手で握っていた小銭を放り投げながら、鋭い声でポワカが叫ぶと、光の粒子群は消滅し、ポワカの周囲に暴風が吹き荒れ始める。暴風と言っても、旋風崩しや旋風蹴りなどの旋風では無く、ポワカの右掌を中心に発生し、円錐状に前方に向かって広がって行く乱気流の如き烈風。
ポワカが放り投げた小銭は、その乱気流の如く吹き荒ぶ烈風に巻き込まれ、稲妻の様な出鱈目な軌道を描きながら、猛スピードで吹っ飛んで行く。そして、乱れ飛んだ小銭の一枚が、ポワカから百メートル程離れた辺りで、何かに激突する。
ほぼ同時に、苦痛に顔を歪めている麗華が、姿を現す。攻撃を受けた時、誑惑絶佳で姿を消している人間の姿は露になってしまう為、烈風に飛ばされた小銭の直撃を受けた麗華は、姿を現してしまったのだ。
ニーヨルという超高速の乱気流を発生させるマニトゥの魔術で、ポワカが飛ばした小銭による攻撃には、大口径の拳銃から放たれる弾丸程の威力が有る。そんな攻撃を麗華は右脇腹に食らったのだが、旗袍の右脇腹辺りに大穴が穿たれただけであり、その下にある麗華の身体の方には、特にダメージらしいダメージは無い。




