昇龍擾乱 37
驚きの表情を浮かべるバズの視界から消えたのは、華麗だけでは無い。華麗の近くにいた麗華や、タンロン鉱山跡辺りの褐色の荒野の光景全てが、消え失せてしまったのだ。
そして、荒野の光景が消え失せるのと同時に、まるで映画やドラマで場面がクロスフェードしながら切り替わったかの様に、目を奪われる程に美しい、南国風の海辺の光景が現れた。だが、エメラルドと青が混ざり合う、広大な海の景色が姿を現したのは、今まで青空が見えていた辺り。
単にタンロン鉱山跡近辺の景色が消え去り、海辺の景色が姿を現しただけでは無い。天地が逆になる形で、辺りの景色は一変してしまったのだ。
一変した光景を見回し、姿を消した華麗の姿を探しながら、バズは驚きの表情を浮かべて呟く。
「誑惑絶佳か……」
その時、タイソンを追って急上昇していたポワカの視界から、タイソンは青空と共に姿を消し、代わりに陽光を浴びて煌く青い海面の光景が、姿を現していた。
「本物では無い、幻影の筈!」
ポワカは目を見開き、驚きの声を上げるが、上昇を止めはしない。眼前に迫る海の光景は、華麗が作り出した幻影だと、ポワカは判断したからだ。
ポワカは感覚的には急降下だと感じざるを得ない急上昇を続け、海面の幻影に突っ込む。かなりのスピードで突っ込んだ為に、高い幻影の水飛沫を上げながら、ポワカは幻影の海に没した。
幻影の海である筈なのに、現実の海に飛び込んだ時と同じ衝撃と、海の水の冷たさと抵抗を、ポワカは身に受けた。視覚だけでなく、五感全てが本物の海に飛び込んだ時と同じ感覚を、ポワカは覚えたのだ。
身体は感覚に従って反応してしまい、ポワカは本物の海の中にいる時と同様に、呼吸が出来なくなる。少しの間……息苦しさを堪えながら、幻影の海の中をポワカは進み続けたが、高度な飛行魔術を呼吸無しに使い続けるのは困難。
息苦しさは限界を向かえ、ポワカは既に見失っているタイソンの追撃を止めると、海中の幻影の中でターンを決めて引き返す。水の抵抗を感じながらも、海中の幻影の中を飛び続けたポワカは、水飛沫の幻影を立てながら、幻影の海から飛び出す。
そのまま上昇……しているかの様な感覚と共に、ポワカは下降を続けてから、空中で停止する。そして、改めて辺りを見渡し、自分がいる幻影の光景を確認する。
本当は上なのだが、眼下に広がるのは、紺碧の海原。その東側の方にはエメラルド色のグラデーションを描いている浅瀬があり、その先には白い砂浜。砂浜の向こうには、広大な森が広がっている。
そして、本当は下なのだが、頭上に広がっているのは、青く澄み渡った青空。目に眩しい明るい夏の太陽が頂点で輝き、水平線辺りには山脈の如き積乱雲の姿も見える。
目を奪われる程に美しい、南国の海の絶景が、ポワカの視界に広がっていた。だが、それは全て幻影に過ぎず、現実の光景では無い。
ポワカの視界の中にある現実の存在は、二百メートル程離れた頭上で、逆さに浮いている様に見える、赤味がかった球状の防御殻で身を守っているバズの姿のみ。無論、現実には二百メートル程離れた地上に、バズは立っているのであり、ポワカが頭を下に向けた状態で、空中に浮いているのだが。
そんなバズの背後……十メートル程の辺りに、いきなり華麗が姿を現す。両肘を左右に突き出しつつ、開いた両掌を瑠璃玉の前に置く姿勢。
出現した時点で、既に瑠璃玉は藍に近い青色に光り輝いていて、その光は華麗の両手に移っている。華麗は即座に両腕をバズに向けて伸ばし、開いた両掌から青い光の奔流を放つ。
耳障りなジェット噴射音に似た騒音を発しながら、二条の青い光線がバズに襲い掛かり、背後から直撃。バズが防御の為に展開していた、赤味がかった半透明の防御殻を、二条の光線は轟音と共に、あっさりと粉砕してしまう。
戦艦による艦砲射撃の直撃ですら、余裕で耐え切る程に強力な防御殻……赤色惑星は、星が砕け散る様に砕け散ってしまったが、絶対防御能力を持つ防御殻であった為、バズは一応は無傷。即座に振り向き様に杖を水平に振り、杖から赤い光線を放って、華麗がいた辺りを攻撃するが、既に華麗の姿は無い。
「――逃したか」
忌々しげに言葉を吐き捨てながら、再び赤色惑星を周囲に展開して、バズは身を守る。
「誑惑絶佳、厄介……」
苦々しげに、ポワカは呟く。タイソンの追撃に失敗した上、バズ以外に現実と思われる存在が見当たらず、華麗と麗華の姿も見失ってしまっている状況をもたらした誑惑絶佳を、ポワカが厄介がるのは当然と言える。




