昇龍擾乱 34
「ここ暫くの間、緊那羅は完全記憶結晶の収集とは、別の目的で動いていた様だから、今回の罠に引っかかる可能性は低いと踏んでいたんだが、甘かったか」
バズは右手で髭を弄りながら、苦々しげに呟く。アナテマは世界各所から八部衆の情報収集を続けているので、現時点で復活している八部衆の動きを、部分的にとはいえ把握していた。
八部衆が各所で起こしたトラブルに関する情報や、八部衆と思われる人物の目撃情報などの分析から、ここ半年程の間、緊那羅は他の八部衆とは異なり、完全記憶結晶の収集には参加せず、情報収集の為に世界中を調べて回っているとしか思えない動きを見せていたのだ。
そして、圧倒的な強さを誇るせいだろう、八部衆は完全記憶結晶の収集活動の際、単独で行動している場合が殆どである事が、記録から読み取れた。故に、バズは緊那羅がタンロン鉱山跡での罠にかかる可能性は低いと考え、ナジャの巣で捕えた上でアパッチによる集中攻撃を仕掛け、それで仕留められはしないだろうが、徹底的に消耗させるつもりだったのだ。
緊那羅を含めた八部衆が、三人でグループを組んで襲撃して来たのは、かなりイレギュラーといえる事態。それ故、目標にしていた程には八部衆を消耗させられなかったが、そんな事態をバズは想定していなかった訳では無い。
バズは即座に、ナジャの巣が破られた場合の策に切り替え、部下達に大声で命令を下す。
「砲撃止めぃ! レッドバロン隊は即座に狙撃地点まで退避! 擬似護羽根で防御を固めつつ、支援砲撃に回れ!」
命令を受けた三百体の赤いアパッチ達は、擬似太陽砲の砲撃を停止し、眩いオレンジ色の光の雨を止ませる。そして、大量の黒煙や灰色の煙を放出したかと思うと、アパッチ達はゆっくりと上昇を始め、五十メートル程の高度を取ると、スピードを上げて四方八方に向かって飛び去って行く。
飛行可能なホプライトというのは、表向きには一切存在していないので、多数のアパッチが空を飛び始める光景というのは、普通の人々が目にすれば、相当に驚く光景と言えるだろう。その程度の事で驚く様な人間は、この場にはいないのだが。
ちなみに、アパッチには仙術系の乗矯術を応用した、飛行用の魔術機構が搭載されている。アパッチの飛行能力自体は、黒猫団の三人では最も飛行能力が低い幸手の、変身前の乗矯術使用時と同程度である。
八部衆がナジャの巣を破った時点で、レッドバロン隊のアパッチ達は、安全圏と言える遠距離まで退避。その上でポワカの使うワパハを参考に、バズが開発したワパハの機能限定量産型、擬似護羽根(アパッチの羽根飾り部分)を使って防御を固めつつ、八部衆と直接戦うポワカとバズを、擬似太陽砲による砲撃で支援する手筈となっていたのだ。
一体のアパッチが低空飛行で、バズとポワカの元まで飛来し、空中停止する。右肩に狼を象った黒いマークが描かれていたりと、微妙に他の物とは仕様が異なるアパッチだ。
そんなアパッチに、バズは声をかける。
「これから先、アパッチ達の指揮は任せるよ、ジャンバルジャン君!」
「ジャンバルジャンじゃありません、ジェームズです!」
アパッチの中から、ジェームズの声が返って来る。
「それでは、バズ様……ポワカ様、御武運を!」
「――様はいらない」
ポワカの返事を聞いてから、ジェームズのアパッチは方向転換。幾つかのポイントに分かれて飛び去って行く、他のアパッチ達の一団と同じ方法に向かって、ジェームズのアパッチも飛び去って行った。
バズやポワカは、そんなアパッチ達を見送りなどしない。ナジャの巣が封じられた以上、いつ八部衆の襲撃を受けてもおかしくは無い状態なのだから、見送る余裕など無いのだ。
既に二人の目線は、金剛念珠に注がれている。擬似太陽砲による砲撃が止んだとはいえ、溶岩と化した岩盤は簡単には冷めないので、ナジャの巣が崩壊したとはいえ、火口の如き光景に変化は無い。
だが、金剛念珠の位置は、既に変化を始めていた。溶岩状態となっているマットチョイの底から離れて、宙に浮き上がり始めていたのである。
マットチョイ内部は異常な高温状態のままなので、夜叉も金剛念珠を解けない。故に、金剛念珠ごと宙に浮かせる形で、マットチョイからの脱出を計っているのだ。
バズが左手の杖の先端を金剛念珠に向けると、杖の表面に複雑怪奇な魔術式が浮き出る。直後、杖の先端にセットされている煙水晶粒が、炭酸飲料の栓を抜いた時と似た音を立てながら消滅しつつ、杖の先端から下方向に、大量の黒煙が噴出する。
煙水晶粒が大量の煙を発生させつつ、魔術機構であるバズの杖により、魔力に変換された。その魔力を費やして、バズが思念操作する魔術機構である杖は、杖の先端に握り拳程の大きさの、黒い球体を作り出す。




