昇龍擾乱 31
バズは振り上げていた杖を振り下ろし、マットチョイの底……ナジャの巣の中央辺りに捕えられている、八部衆が中にいる金剛念珠を指し示す。
「竈に火を入れよ!」
壮年か初老かは分からないが、それなりに老けている細身の見た目からは、考えられない位の大声で、バズは部下達に命令を下す。
「鍋の中身は、焦がしてしまって構わん! どうせ煮ても焼いても、食えはせんのでな!」 バズが命令を下す前から、既にアパッチ達は狙いを定め、両腕の砲身を金剛念珠に向けていた。そのアパッチ達の周囲に、ポワカが魔術を使う時に出現するのと同じ、空色の光の粒子群が、ほんの僅かの間だけ煌いてから、姿を消してしまう。
直後、擬似太陽砲の砲口から、大気を震わす高周波音と共に、目も眩む様な強烈な光が放たれる。夕陽の色を思わせる明るいオレンジ色の光が、擬似太陽砲の砲口から発射されたのだ。
ただの光では無い、広がらずに一本の線の様に収束した光は、光線と表現するのが相応しい。ナジャの巣に一部が弾かれはしたが、三百体のアパッチから放たれた、六百本のオレンジ色の光線は、一斉に金剛念珠に降り注ぐ。
「レーザー砲の一斉砲撃みたいだな……」
マットチョイから遠ざかる天岩戸の中から、後方の様子を確認していた朝霞の、アパッチ達が擬似太陽砲を発射する光景を目にしての言葉だ。蒼玉界……というか日本にいた時に見た、SF系の映像作品で良く目にした、いわゆるレーザー光線や熱線の類に、擬似太陽砲の放つ光は良く似ていた。
「イダテンのとこに降りるよ!」
そう言い放つと、高度五十メートル辺りを飛んでいた天岩戸を、幸手は降下させ始める。当初の予定通りに、イダテンで星牢を運んで逃げる為に。
星牢を積んだまま、天岩戸がスピードを出せるのなら、イダテンを放棄して天岩戸のまま逃げ去る選択肢もあったのだが、如何せん星牢は重過ぎた。この程度の重さなら、イダテンで運んだ方が遥かに速いというのが、天岩戸の使い手であり、尚且つイダテンをチューンナップした幸手の判断だったので、それを朝霞と神流も尊重したのだ。
高度を下げた為、角度の関係でマットチョイの中は見えなくなる。当然、アパッチ達の姿は見えれども、擬似太陽砲から放たれる光線は見えなくなってしまった
黒猫団の三人共、マットチョイの中がどうなったのかは気になっているのだが、逃げる方が重要。三人は後ろ髪を引かれる思いを振り切って、星牢をイダテンの荷台に積み込む作業に入る。
まずは着陸前に天岩戸から飛び出した朝霞と神流が、岩陰に隠してあったイダテンの元に降り立った。二人は素早くイダテンを隠していた、岩と同じ色のシートを外して、トレーラーが繋がれているイダテンの姿を露にする。
幸手は天岩戸をゆっくりと降下させ、トレーラーから数センチ上の辺りで空中停止させてから、そのまま防御壁を全て分離させる。すると、天岩戸の中央辺りにあった星牢は、トレーラーの上に落下して、その重さと衝撃でトレーラーを軋ませる。
イダテンの中に用意しておいたワイヤーケーブルを、既に手に取っていた朝霞と神流は、トレーラーの上に落下し、載る形となった星牢を、素早くグルグル巻きにしてトレーラーに固定。あっという間に星牢はトレーラーに積まれ、頑丈に固定された状態となる。
その間、幸手はイダテンの運転席へと移動し、エンジンをかけて発車準備を整える。バックミラーで朝霞と神流の星牢固定作業が終り、トレーラーから離れたのを確認すると、幸手はイダテンをスタートさせる。
大量の黒煙を排気管から噴出しながら、イダテンは荒野を走り出す。三人の息の合った見事な連携により、朝霞と神流が天岩戸を飛び降りてから、イダテンがスタートするまでの時間は、一分もかかっていない。
トレーラーに積まれた星牢の重さのせいで、ハイパワーのイダテンとはいえ、動き始めはやや遅い。だが、荒野だろうが平気でアクセルを踏み込む幸手の運転のせいもあり、すぐにイダテンは天岩戸の飛行スピードを、大きく超えるスピードに達してしまう。
土煙を上げながら、荒野をハノイに向かって疾走するイダテンの周囲には、イダテンを守る様に乗矯術で飛ぶ朝霞と神流。そして、分離させた状態のままの防御壁も、イダテン……というよりは幸手に付いて来る形で、イダテンの周囲を低空飛行中だ。
流石に天岩戸の全ての防御壁を使っても、イダテンとトレーラー全てをカバーするのは不可能。だが、絶対防御能力を持つ防御壁は、イダテンとトレーラーの周囲を飛ばしておくだけでも、かなり強力な防御能力を発揮出来るので、幸手は天岩戸を発動したままなのである。




