昇龍擾乱 20
(嫌な予感すんだけど……)
背筋に寒さを覚えながら、ホァンダオに目線を向けた朝霞達の目に、その「奴等」の姿が映る。距離はあるが、潜在能力解放により遠視能力が高い朝霞と神流だけでなく、普段は眼鏡が必要だが、遠距離戦を得意とする天久米八幡女の状態なら、遠視が可能な幸手も、「奴等」の姿を視認。
そして、視認した「奴等」は、朝霞達が思い浮かべた者達と、同じだった。より正確にいえば、朝霞達が思い浮かべたのは、三人であった「奴等」の内、二人だけと言うべきなのだが。
朝霞達は「奴等」の内の二人を、蒼玉界で目にしていた。朝霞は顔立ちまでもが正確に把握出来る程の距離で、神流と幸手は朝霞程に近くでは無かったが、独特の髪型や服装と、女と見紛うばかりの美麗なる姿を視認し、忘れ得ぬ記憶として心に刻み付けていた。
チャイナドレス風の服……旗袍の下に、同じ色の細身のパンツを合わせる服装は同じ。一人は全身を緑で、もう一人は青で、それぞれ服装の色を統一している。
同じ顔をしている二人の区別は、着衣の色だけでなく髪型でも可能。着衣が緑の方は、長い黒髪をポニーテール風に結っていて、青の方はストレートにしている。
朝霞達が以前、蒼玉界で目にした時には、旗袍の胸元を開いて、胸の中央に埋め込まれた光り輝く翠玉と瑠璃玉を、それぞれ露出していた。今は胸元を開いていないので、それらの完全記憶結晶の存在を確認は出来ないが、その二人の姿を朝霞達が見紛う筈など無い。
「――香巴拉八部衆、緊那羅と摩睺羅伽!」
以前、目にした時には知らなかった、二人が八部衆として受け継いでいる名を、朝霞は搾り出す様に口にする。緑で着衣を統一している、翠玉を使う方が緊那羅、青で統一している瑠璃玉の方が摩睺羅伽だ。
瑠璃玉は蒼玉と同じ青系統の色合いだが、蒼玉の方は透明感が強く抜ける様な空の青さ、瑠璃玉は不透明とまでは行かないが透明度が低く、深い海の様な濃い青さ。同じ青系統の完全記憶結晶でも、はっきりと見た目は異なる。
そして姿を現したのは、朝霞達が見知っている、翠玉と瑠璃玉の八部衆だけでは無い。姿を現したのは三人、緊那羅と摩睺羅伽の間を堂々と歩いている事から、二人と同格であるだろう青年が、その三人目。
緊那羅と摩睺羅伽より少しだけ背が低いが、鍛え上げられた感じのがっしりとした身体を、浅黄色の華武服に包んでいる、精悍な顔立ちの青年。肌の色は褐色気味で、短く刈り込まれた黒髪の、魔術師というよりは武術家を思わせる外見。
三人目の青年は、朝霞達にとっては初見の相手。だが、蒼玉界における功夫服と良く似た、華武服を身に纏う八部衆の存在は、オルガに貰ったシールドカードに記されていたので、朝霞達は知っている。
蜂蜜を固めたかの様な、くすんだ黄色の完全記憶結晶……琥珀玉を、胸に埋め込んでいる、華武服姿の男。その男が姿を現した事を伝えた時、ナイルが愕然とした表情で言い放った言葉を、朝霞は思い出す。
「琥珀玉……夜叉も復活していたのか!」
緊那羅と摩睺羅伽を見る限り、八部衆は着衣と完全記憶結晶の色を揃える傾向がある様に、朝霞には思えた。故に、黄色の系統である浅黄色の華武服姿の青年は、黄色系統の琥珀玉を、胸に埋め込んでいる八部衆……夜叉なのではないかと、朝霞には思えたのだ。
二人の八部衆と堂々と肩を並べて歩いているのだから、浅黄色の華武服の青年も、同格の八部衆であるのは、朝霞達には想像がつく。
「あの真ん中の、蛇女の情報にあった、夜叉だよね?」
上から聞こえて来る、不安気な幸手の問いかけに、朝霞は答える。
「――みたいだな。八部衆が一度に三人……流石にキツいわ、こりゃ」
仮面に隠されているので、表情は見えないのだが、朝霞の困惑と焦りは声のトーンで、神流と幸手には伝わる。
「どうする?」
「どうするって……」
神流に問われて朝霞は考える、自分達はどうするべきなのか。
(戦って、ぶちのめしてやりたい……っていうのが、本音といえば本音だよな)
八部衆に対しての怒りや復讐心が、朝霞の中で湧き上がらないといえば、それは嘘になる。怒りや復讐心に身を任せ、この場で戦って八部衆を倒してしまいたいと、朝霞が考えてしまうのも、無理も無い事だろう。
ナイルの警告を忘れた訳では無いが、交魔法で大幅にパワーアップした今なら、八部衆相手に戦って勝てるのではと、朝霞は思わないでもない。怒りと復讐心……得た力を試したいという欲望が、朝霞を誘惑する……逃げるなと。




