昇龍擾乱 19
「奴等? 奴等って誰だよ?」
問いかける朝霞に、ポワカは答える。
「奴等とは、世を乱し吹き荒ぶ嵐」
意味の分からない返答を、ポワカが口にした直後、マットチョイ中にけたたましいサイレンの音が鳴り響き、朝霞とポワカの会話は止まってしまう。朝霞達の知る蒼玉界のサイレン音とは違う音だが、人の心をざわつかせる様な響きの音という意味では、同じだ。
先程、朝霞達の襲撃を伝えた時は、誰かの大声だけだったのだが、今回は違う。各所に設置されている、音声再生用の魔術機構が発するサイレン音に遅れて、先程と同じ者と思われる者が、拡声器を使って大声で警報を発し始める。
「緊急警報! 緊急警報! 嵐が上陸した! 現在、嵐はホァンダオを北進中!」
朝霞達の時とは違い、まるで悪天候を告げる警報の様なメッセージを耳にして、ポワカの表情が強張る。明らかに朝霞達に対してとは違う、厳しさを感じさせる眼光。
「上陸した嵐の数は三つ! ポワカ様及びレッドバロン隊を除き、総員速やかにタンロン鉱山跡より退避! 全アパッチに禁忌武装の使用を解禁! 繰り返す、ポワカ様及びレッドバロン隊を除き……」
警報を耳にして、マットチョイの中にいる人間達が、一斉に最寄の壁に向かって走り出し、アオザイ姿やスーツ姿の者達からアパッチ達に至るまで、皆が坑道に逃げ込んで行く。
皆が逃げ込んだ坑道は、全て地上に通じるものばかり。つまり、警報の指示通り、皆はマットチョイではなくタンロン鉱山跡自体から、逃げ出そうとしているのだ。
「――嵐の数は、三つ」
同じメッセージが繰り返される中、ポワカは真剣な口調で呟きつつ、ホァンダオの方に目をやるが、柱が邪魔をして見難い。左手の甲に描かれたトーテムを、ポワカは右手の指先でなぞって、発動中の魔術を解除する。
魔術が解除されたので、黒猫団の三人を取り囲んでいた、林立するトーテムポール状の柱は、空色に光る無数の粒子群となり一瞬で消滅。光の粒子群は空気中に溶け込む様に、姿を消してしまう。
柱が消えたせいで、見易くなったホァンダオの方に、ポワカは目を遣る。まだ豆粒程の大きさにしか見えない、ホァンダオを下りて来る三人の人影を、ポワカは視認する。
「嵐を三つ、確認!」
緊急警報のメッセージにおける嵐というのは、本物の嵐では無い。ホァンダオを歩いて下りて来る三人の人間が、三つの嵐に例えられていたのだ。
「速やかに、退避!」
鋭いポワカの声に命じられ、朝霞達に対処する為か、まだ逃げようとはしていなかった付近のアパッチ達も、一斉に最寄の壁に向かって逃げ出す。
「ポワカ様、御武運を!」
アパッチ達はポワカに声をかけながら、壁に口を開けている坑道に向かって走り去る。動けなくなったアパッチも、仲間達が肩を抱えて運んで行く。
そんなアパッチ達を見送りつつ、ポワカは呟く。
「――様は不要」
突如、ポワカが柱を消滅させた意図が読めず、戸惑って動きを止めていた朝霞達にも、ポワカは声をかける。
「蒼玉を捨て、逃げろ!」
右手でホァンダオの方を指差し、ポワカは言葉を続ける。
「奴等も、それ奪いに来た!」
既に朝霞達など、歯牙にかける気も無しとばかりに、ポワカの目線と意識は、ホァンダオを下りて来る三人に集中している。ポワカの周囲の空気は張り詰めていて、朝霞達を相手にしていた時と違い、全く余裕を感じられない。
朝霞達はポワカの指先の方を向き、「奴等」の姿を確認しようとする。この段階に至り、朝霞達は何となくであるが、ポワカの言う「奴等」が何者なのか、察しつつあった。
膨大な数の完全記憶結晶が取引される、ブラックマーケットの場に現れ得る存在。尚且つ、聖盗の中では最強クラスの三人組である、黒猫団相手に余裕を持っていた凄腕の魔術師であるポワカが、余裕を失くす程の相手といえば、朝霞達は否が応でも思い出さざるを得ない者達がいるのだ。




