昇龍擾乱 15
「――天岩戸出したから、さっさと蒼玉積み込んでよ!」
戦いには参加していなかった幸手が、朝霞と神流に声をかける。朝霞と神流がアパッチを退けている間に、幸手は天岩戸を顕現……出現させていたのだ。
地上二メートル程の辺りに浮いている、青く透き通った硝子板で作られた、穴の開いた巨大なサッカーボールの様な天岩戸の中に、幸手はいた。天岩戸に穴が開いているのは、星牢を積み込む為に、幸手が防御壁の一部を外しているからである。
蒼玉の星牢を間に挟み、朝霞と神流は向かい合うと、腰を落として星牢の下の方を掴む。そして、力を込めて両脚を伸ばし、二人がかりで星牢を持ち上げる。
三千個もの蒼玉が収納された星牢は、ずしりと重い。パワーに優れた神流と違い、朝霞には結構厳しく、踏ん張る脚が震える程の重さがある。
「結構重いな、これ」
「そうか? 軽いだろ」
会話を交わしながら、阿吽の呼吸でタイミングを合わせ、朝霞と神流は星牢を天岩戸の穴に向けて放り投げる。二人のコントロールに狂いは無く、星牢はすっぽりと天岩戸の穴の中に入る。
星牢の重さに、天岩戸は一メートル程……沈む様に高度を下げる。更に、星牢が中で転がるので、天岩戸は傾き……揺れるが、幸手は上手く天岩戸をコントロールして、星牢を床の中央にある防御壁の上で落ち着かせたので、揺れはすぐに収まる。
幸手が出力を上げたのだろう、一度は沈んだ天岩戸の高度も、すぐに元通りになる。
「重いけど、運べそうか?」
朝霞に問われた幸手は、外していた防御壁を天岩戸に戻して、穴を塞ぎつつ答える。
「――予想より魔力を食うかもしれないけど、大丈夫! 十分に飛んで運べる!」
「よし、逃げるぞ!」
星牢が運べるのなら、長居は無用。マットチョイの北側奥にいる朝霞達は、地上に向う巨大な坑道……ホァンダオに向かって、移動を開始する。
マットチョイのあちこちに設置されている、ブースなどに当たらない様に、幸手は天岩戸を地上五メートル程の高さまで上昇させ、その上で飛行水平飛行に入る。そんな天岩戸守りながら、朝霞と神流は天岩戸の近くを走り続ける。
三千個もの蒼玉を運んでいる為、神流の天岩戸は本来の速度が出せず、動きの速いアパッチを振り切るのは不可能。斧を手にしたアパッチ達に、天岩戸は次々と襲われてしまう。
右前から前方を塞ぐ様に現れた四体のアパッチの内、二体は地面を疾走して下から。もう二体は地面を蹴って跳躍、山形の軌道を描いて、天岩戸に斧で斬りかかる。
地面を走って来るアパッチの前に、神流は一瞬で移動。二刀を抜いて身体を旋回する様に二体のアパッチに斬りかかる……というよりは、峰打ちで殴りかかった。
速い攻撃だが、アパッチは斧の刃で神流の刀を受ける。だが、その打撃を受け止め切れなかった二体のアパッチは、鈍い金属音を響かせながら左右に分かれて吹っ飛ばされ、天岩戸に道を開ける。
跳躍した二体のアパッチを退けるのは、その近くにいた朝霞の役目。二体のアパッチを見上げながら、朝霞は心の中で呟く。
(二体同時攻撃! 奪う蒼じゃ厳しいか!)
既に二体のアパッチは、天岩戸に斬りかかるモーションに入っている。アパッチが一体なら、奪う蒼で仕留めるところなのだが、奪う蒼は一度に一体にしか使えないし、奪う蒼を使ってから、与える黒を使える様になるまでには、僅かではあるが時間がかかる。
奪う蒼で魔術式を奪う際、魔術式が右手甲の六芒星に完全に吸い込まれるまで、与える黒は使えないのだ。朝霞は奪う蒼の発動後は大抵、即座に使用した相手から離れるので、魔術式は紐の様に宙を漂いながら、六芒星に吸い込まれる場合が多いのだが、その漂っている間が、与える黒を使えない時間に該当する。
魔術式の長さや複雑さに比例して、奪い切るまでにかかる時間は長くなる。長くなるといっても、せいぜい数秒ではあるのだが、奪い切るまでの間は、奪う蒼も与える黒も使えない状態になるので、朝霞は奪う蒼を使用すると、基本的には安全の為に、即座に敵から離れる事にしている。
与える黒においても、魔術式の複雑さや長さに比例して、必要な時間が長くなるのは変わらない。交魔法発動中は、それらの時間は半分以下に短縮されるのだが、それでも隙が無くなる訳ではない。
奪う蒼と与える黒は、複数の敵を同時に攻撃するのには向いていないのだ。故に朝霞は二体のアパッチの迎撃手段として、奪う蒼を瞬時に放棄した。
先程、奪う蒼を使用した際、朝霞はアパッチを殴りつけたが、通用しなかった。故に殴るという選択肢も、朝霞は即座に放棄する。




